・・・図は四条の河原の涼みであって、仲居と舞子に囲繞かれつつ歓楽に興ずる一団を中心として幾多の遠近の涼み台の群れを模糊として描き、京の夏の夜の夢のような歓楽の軟かい気分を全幅に漲らしておる。が、惜しい哉、十年前一見した時既に雨漏や鼠のための汚損が・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 往来に涼み台を出している近所の人びとが、通りすがりに、今晩は、今晩は、と声をかけた。「勝ちゃん。ここ何てとこ?」彼はそんなことを訊いてみた。「しょうせんかく」「朝鮮閣?」「ううん、しょうせんかく」「朝鮮閣?」「・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・私が祖父に、ちっともなつかないので、祖父は手を換え品を変え私の機嫌をとったもので、れいの原敬の話も、夏の夜お庭の涼み台に大あぐらをかいて坐って、こんな工合に肘を張って、団扇を使いながら私に聞かせて下さったのですが、私は、すぐに退屈して、わざ・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・ 四 新星 毎年夏になってそろそろ夕方の風が恋しい頃になると、物置にしまってある竹製の涼み台が中庭へ持ち出される。これが持ち出される日は、私の単調な一年中の生活に一つの著しい区切りを付ける重要な日になっている。もう・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・第四夜 広い土間の真中に涼み台のようなものを据えて、その周囲に小さい床几が並べてある。台は黒光りに光っている。片隅には四角な膳を前に置いて爺さんが一人で酒を飲んでいる。肴は煮しめらしい。 爺さんは酒の加減でなかなか赤くな・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
出典:青空文庫