・・・帰途にこの線をたよって東海道へ大廻りをしようとしたのは、……実は途中で決心が出来たら、武生へ降りて許されない事ながら、そこから虎杖の里に、もとの蔦屋のお米さんを訪ねようという……見る見る積る雪の中に、淡雪の消えるような、あだなのぞみがあった・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・何だか淡雪の精のような気がした。 文鳥はつと嘴を餌壺の真中に落した。そうして二三度左右に振った。奇麗に平して入れてあった粟がはらはらと籠の底に零れた。文鳥は嘴を上げた。咽喉の所で微な音がする。また嘴を粟の真中に落す。また微な音がする。そ・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・ 朝窓をあけたら、黄色い初冬の草の上にまだらな淡雪があった。 杉林の中の小さいステーション。わきの丘の上に青と赤、ペンキの色あざやかな農業機械が幾台も並んでいる。古い土地がいかに新しい土地となりつつあるか。ソヴェトが五ヵ年計画で四〇・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 一太は口をしっかり締め、落っことさないように心でかけ声かけつつ一番大きい軽焼をこさえてやろうと意気込んで淡雪を火に焙った。 宮本百合子 「一太と母」
・・・午後五時いまだ淡雪の消えかねた砂丘の此方部屋を借りる私の窓辺には錯綜する夜と昼との影の裡に伊太利亜焼の花壺タランテラを打つ古代女神模様の上に伝説のナーシサスは純白の花弁を西風にそよがせほのかに わが幻想を・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・顔の処々に淡雪が遺って居る。平常、あんまり黒っぽくて居て、急ににぎやかな色をつかうので、そんな年でもないのに、いかにも釣合の悪い様子に見える。女中ばかりが、いかにもお正月を迎えた様だ。 校長の家の妻君は、紬の紋附を麗々しく白衿で着て居る・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫