・・・曰ク藍染町、曰ク清水町、曰ク八重垣町等ハ僉廓内ニシテ再興以来ノ新巷ナリ。爾シテ花街ハ其ノ三分ノ一ニ居ル。昔日ハ即根津権現ノ社内ニシテ而モ久古ノ柳巷ナリ。卒ニ天保ノ改革ニ当ツテ永ク廃斥セラル。然レドモ猶有縁ノ地タルヲモツテ、吉原回禄ノ災ニ罹ル・・・ 永井荷風 「上野」
・・・夏の夜の月円きに乗じて、清水の堂を徘徊して、明かならぬ夜の色をゆかしきもののように、遠く眼を微茫の底に放って、幾点の紅灯に夢のごとく柔かなる空想を縦ままに酔わしめたるは、制服の釦の真鍮と知りつつも、黄金と強いたる時代である。真鍮は真鍮と悟っ・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・下に動くときも上に揺り出す時も同じ様に清水が滑かな石の間をめぐる時の様な音が出る。只その音が一本々々の毛が鳴って一束の音にかたまって耳朶に達するのは以前と異なる事はない。動くものは必ず鳴ると見えるに、蛇の毛は悉く動いているからその音も蛇の毛・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・中につきて絵画となし得べきものを択みなば鶯や柳のうしろ藪の前 芭蕉梅が香にのっと日の出る山路かな 同古寺の桃に米蹈む男かな 同時鳥大竹藪を漏る月夜 同さゝれ蟹足はひ上る清水かな 同荒海や佐渡に横ふ天の川・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・かえって、抑圧がひどかったとき、岩間にほとばしる清水のように暗示されていた正義の主張、自由への鋭い憧憬の閃きの方が、はるかに人間らしさでわれわれを撃つ力をこめていた、と。これは、ただ、かくされていた神聖さを明るみに出して見たときは、それも平・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ 五分苅の、陸軍大尉のふるてのような警視庁検閲係の清水が、上衣をぬぎ、ワイシャツにチョッキ姿でテーブルの右横にいる。自分は入口の側。やや離れてその両方を見較べられる位置に主任が腕組みをしている。「編輯会議にはあなたも出ていたそう・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 亀蔵は二十二日に高野領清水村の又兵衛と云うものの家に泊って、翌二十三日も雨が降ったので滞留した。そして二十四日に高野山に登った。山で逢ったものもある。二十六日の夕方には、下山して橋本にいたのを人が見た。それからは行方不明になっている。・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・沼の畔から右に折れて登ると、そこに岩の隙間から清水の湧く所がある。そこを通り過ぎて、岩壁を右に見つつ、うねった道を登って行くのである。 ちょうど岩の面に朝日が一面にさしている。安寿は畳なり合った岩の、風化した間に根をおろして、小さい菫の・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・日本絵の具はそれに反して、あくまでもサラサラと、清水が流れ走るような淡白さを筆触の特徴とするように見える。また色彩の上から言っても、油絵の具は色調や濃淡の変化をきわめて複雑に自由に駆使し得るが、日本絵の具は混濁を脱れるためにある程度の単純化・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・は石清水物語と呼ばれている部分で、信玄や老臣たちの語録である。これは古老の言い伝えによったものらしいが、非常におもしろい。は軍法の巻で、何か古い記録を用いているであろう。は公事の巻で、裁判の話を集録しているが、文章はに似ている。は将来軍記で・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫