・・・しかし、そういう一番肝心な基礎的なことがよく分からないで枝葉のデテールをごたごたに暗記して、それで高等学校の入学試験をパスし、大学の関門を潜り、そうして極めてスペシァルなアカデミックな教育を受けて天晴れ学士となり、そうしてしかも、実はその専・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・幸に世界を流るる一の大潮流は、暫く鎖した日本の水門を乗り越え潜り脱けて滔々と我日本に流れ入って、維新の革命は一挙に六十藩を掃蕩し日本を挙げて統一国家とした。その時の快豁な気もちは、何ものを以てするも比すべきものがなかった。諸君、解脱は苦痛で・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・隙間なく縺れた中を下へ下へと潜りて盾の裏側まで抜けはせぬかと疑わるる事もあり、又上へ上へともがき出て五寸の円の輪廓だけが盾を離れて浮き出はせぬかと思わるる事もある。下に動くときも上に揺り出す時も同じ様に清水が滑かな石の間をめぐる時の様な音が・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 夜になって、四隣が静まると、母は帯を締め直して、鮫鞘の短刀を帯の間へ差して、子供を細帯で背中へ背負って、そっと潜りから出て行く。母はいつでも草履を穿いていた。子供はこの草履の音を聞きながら母の背中で寝てしまう事もあった。 土塀の続・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ 当主は、寝ている処を、いきなり丸太ん棒、それも樫の木の、潜り門用の閂でドサッとやられたので、遺言を書こうにも書くまいにも、眼の覚める暇がなかったのであった。 で、家族のものは、泣きながら食卓の前に坐らされている、腹の空いた子供のよ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 一郎はすばやく帯をしてそれから下駄をはいて土間に下り馬屋の前を通って潜りをあけましたら風がつめたい雨のつぶと一緒にどうっと入って来ました。馬屋のうしろの方で何かの戸がばたっと倒れ馬はぶるるっと鼻を鳴らしました。 一郎は風が胸の底ま・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・扉の傍に潜り門がついていて、先生は、一せいに生徒のお辞儀を受けながら、やや急いで、そこから内に入って行かれる。一生懸命目をつけて、左手の事務室の傍の入口の方を見る。恐らく小さい喧嘩も起ったことがあろうし、私は私で、大人ででもあるかのように鹿・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・龍宮造りの山門を潜り石段を登ると、風化作用によって一種趣のついた石欄がある。奥に、朱塗の唐門があり、鍵の手に大雄宝殿――本堂となっている。古色を帯びた甃の上の柱廊を以て、護法堂その他の建物が連絡されている。総て朱塗だ、新に余り品質のよくない・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・子猿が母の腋を潜り、股を潜り、背に乗り、頭に乗って取ろうとしても、芋は大抵母猿の手に落ちる。それでも四つに一つ、五つに一つは子猿の口にも入る。 母猿は争いはする。しかし芋がたまさか子猿の口に這入っても子猿を窘めはしない。本能は存外醜悪で・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・苔を被ぶりたる大石乱立したる間を、水は潜りぬけて流れおつ。足いと長き蜘蛛、ぬれたる巌の間をわたれり、日暮るる頃まで岩に腰かけて休い、携えたりし文など読む。夕餉の時老女あり菊の葉、茄子など油にてあげたるをもてきぬ。鯉、いわなと共にそえものとす・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫