・・・いい潮時ですよ。他にどこか、巣を捜しましょう。」 そのような決意をして、よその飲み屋をあちこち覗いて歩いても、結局、また若松屋という事になるのである。何せ、借りが利くので、つい若松屋のほうに、足が向く。 はじめは僕の案内でこの家へ来・・・ 太宰治 「眉山」
・・・その頃高知から種崎まで行くのには乗合の屋形船で潮時でも悪いと三、四時間もかかったような気がする。現在の東京の子供なら静岡か浜松か軽井沢へでも行っていたのと相当する訳である。交通速度の標準が変ると距離の尺度と時間の尺度とがまるきり喰いちがって・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・ それはとにかく、このように植物界の現象にもやはり一種の「潮時」とでもいったようなもののあることはこれまでにもたびたび気づいたことであった。たとえば、春季に庭前の椿の花の落ちるのでも、ある夜のうちに風もないのにたくさん一時に落ちることも・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
出典:青空文庫