・・・ それは昔の川の流れたあとで、洪水のたびにいくらか形も変るのでしたが、すっかり無くなるということもありませんでした。その中には魚がたくさんおりました。殊にどじょうとなまずがたくさんおりました。けれどもプハラのひとたちは、どじょうやなまず・・・ 宮沢賢治 「毒もみのすきな署長さん」
・・・ ○ 金は、無くなると其量だけ結果に於て Less になる。然し、愛だけはそうでなく、不死で、不滅で、同時に、或人の持つ総量に変ることないのを知った。 ○ 人間が、血縁の深さに・・・ 宮本百合子 「傾く日」
・・・ 私の膝に抱かれたまま、私の髪の毛をいじる事が大変すきで胸の中に両手を突き入れる事などは亡くなる少し前からちょくちょくして居た。 小さい丸い手で髪をさすったり顔をいじったりした揚句首にその手をからめて、自分の小さい躰に抱きしめて呉れ・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ スローガンだけあるが、生産を国家管理にするといっても、それはどういう国家がどう生産を管理するのであるのか、階級なき新日本と云っても、犬養を殺し、軍部が暴威を振って階級が無くなるものでもなし、ファシズムの信じ難いほどの非科学性を暴露した・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・それで晩年は見物だけでした。亡くなる前の年の秋ごろでしたか壁懸の展覧即売会がありました。その中で、優れたものを当時建築が完成しかけていた某邸の広間用として是非おとりになるようにするのだといって、自分の手で建てられた家のそれぞれの場所に、自分・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・ とにかく弥一右衛門は何度願っても殉死の許しを得ないでいるうちに、忠利は亡くなった。亡くなる少し前に、「弥一右衛門奴はお願いと申すことを申したことはござりません、これが生涯唯一のお願いでござります」と言って、じっと忠利の顔を見ていたが、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・れ、某に仰せられ候はその方が申条一々もっとも至極せり、たとい香木は貴からずとも、この方が求め参れと申しつけたる珍品に相違なければ大切と心得候事当然なり、総て功利の念を以て物を視候わば、世の中に尊き物は無くなるべし、ましてやその方が持ち帰り候・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・、某に仰せられ候は、その方が申条一々もっとも至極なり、たとい香木は貴からずとも、この方が求め参れと申つけたる珍品に相違なければ、大切と心得候事当然なり、総て功利の念をもて物を視候わば、世の中に尊き物は無くなるべし、ましてやその方が持帰り候伽・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・カウィアは片側で済むが、切り抜かれちゃ両面無くなる。没収せられればまるで無くなる。」 山田は無邪気に笑った。 暫く一同黙って弁当を食っていたが、山田は何か気に掛かるという様子で、また言い出した。「あんな連中がこれから殖えるだろう・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・一面に詰った黒い活字の中から、青い焔の光線が一条ぶつと噴きあがり、ばらばらッと砕け散って無くなるのを見るような迅さで、梶の感情も華ひらいたかと思うと間もなく静かになっていった。みな零になったと梶は思った。「あら、これは栖方さんだわ。とう・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫