・・・そして、その限界をのりこえてより社会的に発展するか、またはより主観的なものに細分され奇形で無力なものになってゆくかの岐路に立った。この極めて興味のある文学上の課題はすべての人々がみているとおり今日またちがった歴史の段階に立って、解決され切ら・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・私は無力ながら敢えてこの冒険を企てた。」といっている。その「人生の可能」の一つとして定子に対する葉子の曇りない愛情を押したてているのであろうか。 作者は性は善なりという愛の感情を人間の全般に対して抱こうとした人であった。それ故葉子の定子・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ 日常生活の幸、不幸にかかわる民法において一人民として婦人が夥しく無力である事から、その社会的存在を守るに力ない無権利から発したさまざまの罪過に対して、罰は一人格として受けなければならないのは、余りにむごたらしいことではないだろうか。・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・ プロレタリア的実践力の欠如によって起るさまざまの破綻を、僕というプロレタリア作家は「無力な小説家的詠嘆だというなかれ! 実際僕は悩んだのだ」と、さながら小説家というものの本質は無力なるもので「どんな場合にでも呑気でいかん」ものなのだが・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・今の日本の繊維産業は大体総同盟のしめつけで非常に組合としては無力化されてしまっている。もしそういう抑圧から自分を解放して繊維の組合が自主的な企画で生産をやるようになれば、組合間の健全な物質の交換で布地の流れは本当に違ってくる。 今日新聞・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ しかし、もしそうして資本主義文学が新しく発生したとしても、彼らは唯物論的な観察精神をもった新感覚派文学でなくしては、無力である。 かくのごとく新感覚派文学は、いかなる文学の圏内からも、もし彼らが文学を問題としている限り、共通の問題・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・便便として為すところなき梶自身の無力さに対する嫌悪や、栖方の世界に刃向う敵意や、殺人機の製造を目撃する淋しさや、勝利への予想に興奮する疲労や、――いや、見ないに越したことはない、と梶は思った。そして、栖方の云うままには動けぬ自分の嫉妬が淋し・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ ただ私はこの運命の信仰が現在の無力の自覚から生まれている事を忘れたくないと思います。ここに誇大妄想と真実の自己運命の信仰との別があるのです。成長しないものと不断に力強く成長するものとの別があるのです。前者は自己を誇示して他人の前に優越・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・自分の内には、自分の運命に対する強い信頼が小供の時から絶えず活らいていたけれども、またその側には常に自分の矮小と無力とを恥じる念があって、この両者の相交錯する脈搏の内にのみ自分の成長が行われていたのであるが、この時からその脈搏は止まってしま・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・努力と無力と。生活を高めようとする心と、ほしいままに身を投げ出して楽欲を求むる心と。――これらのものが絶えず雑多な問題を呼び醒ます。 私の努力はそれと徹底的に戦って自己の生活を深く築くにある。私の心は日夜休むことがない。私は自分の内に醜・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫