・・・ 繁殖を望まずしてその行為をなすは男子の弱点である。無用の徒事である。悪事である。しかし世に徒事の多きは啻にこの事のみではない。酒を買って酔を催すのも徒事である。酔うて人を罵るに至っては悪事である。烟草を喫するのもまた徒事。書を購って読・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・こう論じてくると何だか学者は無用の長物のようにも見えるでしょうが私はけっしてそんな過激の説を抱いているものではありません。学者は無論有益のものであります。学者のやる統一、概括と云うものの御蔭で我々は日常どのくらい便宜を得ているか分りません。・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・近頃日本の文学者のある人々は技巧は無用だとしきりに主張するそうですが、いまだ明暸なる御考えを承った事がないから、何とも申されませんが、以上の説明によると、文芸家である以上は、技巧はどうしても捨てる訳には、参るまいと信じます。そうして以上の説・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・とにかく僕は、無用のおしゃべりをすることが嫌いなので、成るべく人との交際を避け、独りで居る時間を多くして居る。いちばん困るのは、気心の解らない未知の人の訪問である。それも用件で来るのは好いのだけれども、地方の文学青年なんかで、ぼんやり訪ねて・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・是れも先ず以て無用の注意なるが如し。女子結婚の後は自から其家事に忙しく、殊に子供など産れたる上は外出は自然乙甲なれども、父母を親しみ慕うは人間の情にして又決して悪しき事にあらざれば、家事の都合次第、叶うことならば忘れぬように毎々里の家を尋ね・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・はなはだしきは権家に出入して官の事業を探索する等、無用の時を費して本業を忘るるにいたる。その失、二なり。一、官の学校にては、おのずから衣冠の階級あるがゆえに、正しく学業の深浅にしたがって生徒席順の甲乙を定め難き場合あり。この弊を除くの一・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ 心配無用だ。社会主義のソヴェト同盟では「生徒が学校へ行かなければ、学校が生徒のところへ行かねばならぬ」。通信教授だ。五ヵ年計画とともに責任ある通信教授網はひろげられる。百六十万人の講習生が教育あるようになる。――ラジオを階・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・これらの文学は、戦争中、こぞってそのほとんどが戦争肯定をしていたように、きょうはきょうなりのなまぐさい風のまにまに、こまかく深く考えること無用。自分から頭と心を働かして現実を眺めること無用。ラジオの娯楽版、大人と子供の世界をひたす漫画ととも・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ その時横田申候は、たとい主命なりとも、香木は無用の翫物に有之、過分の大金を擲ち候事は不可然、所詮本木を伊達家に譲り、末木を買求めたき由申候。某申候は、某は左様には存じ申さず、主君の申つけられ候は、珍らしき品を買い求め参れとの事なるに、・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・そして、満腹の雀は弛んだ電線の上で、無用な囀りを続けながらも尚おいよいよ脹れて落ちついた。「姉さん、すまんな、今お医者さんとこへ行って来たんやわ。もう来てくれやっしゃるやろ。」 暫くしてお霜はお留に呼び醒まされて彼女を見た。「ど・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫