・・・でそうした巌丈な赭黒い顔した村の人たちから、無遠慮な疑いの眼光を投げかけられるたびに、耕吉は恐怖と圧迫とを感じた。新生活の妄想でふやけきっている頭の底にも、自分の生活についての苦い反省が、ちょいちょい角を擡げてくるのを感じないわけに行かなか・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・けれども、会えばいつも以前のままの学友気質で、無遠慮な口をきき合うのです。この日も鷹見は、帰路にぜひ寄れと勧めますから、上田とともに三人連れ立って行って、夫人のお手料理としては少し上等すぎる馳走になって、酒も飲んで「あの時分」が始まりました・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・『イヤこれは驚いた、そんなら早い話がお絹さんお常さんどちらでもよい、吉さんのところへ押しかけるとしたらどんな者だろう』と、神主の忰の若旦那と言わるるだけに無遠慮なる言い草、お絹は何と聞きしか『そんならわたしが押しかけて行こうか、吉さ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・いつものような力がなく、途中で腰を折られたように挫けた。いつも無遠慮なコーリヤに珍らしいことだった。 武石も、物を持って来て、やっているんだな、と松木は思った。じゃ、自分もやることは恥かしくない訳だ。彼はコーリヤが遠慮するとなおやりたく・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 杜氏は無遠慮に云った。 与助は、急に胸をわく/\さした。暫らくたって、彼は「あの、やめるんじゃったら毎月の積金は、戻して貰えるんじゃろうのう?」と云った。「さあ、それゃどうか分らんぞ。」「すまんけど、お前から戻して呉れ・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ ○ 顔も大きいが身体も大きくゆったりとしている上に、職人上りとは誰にも見せぬふさふさとした頤鬚上髭頬髯を無遠慮に生やしているので、なかなか立派に見える中村が、客座にどっしりと構えて鷹揚にまださほどは居ぬ蚊を吾家から・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・その日、私は久しぶりで先生のお宅へお伺いして、大隅君の縁談を報告し、ついては一つ先生に媒妁の労をとっていただきたいという事を頗る無遠慮な口調でお願いした。先生は、そっぽを向いて、暫く黙って考えて居られたが、やがて、しぶしぶ首肯せられた。私は・・・ 太宰治 「佳日」
・・・人々のその無遠慮な視線に腹を立て、仏頂づらをしていた。「それごらん。おまえが、そんな鳥の羽根なんかつけた帽子をかぶっているものだから、みんな笑っているじゃないか。みっともないよ。僕は、女の銘仙の和服姿が一ばん好きだ。」 とみは笑って・・・ 太宰治 「花燭」
・・・それがこの無遠慮な男の質問で始めて忘れていた内容の恐ろしさと、それを繰り返す自分の職業の不快さを思い出させられたのではあるまいか。 これと場合はちがうが、われわれは子供などに科学上の知識を教えている時にしばしば自分がなんの気もつかずに言・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・宿で前に七面鳥を飼っていたが、無遠慮に客室へはいり込むのでよしたという。それにしても猫の少ないだけは確かである。ねずみが少ないためかもしれない。そうだとするとねずみの食うものが少ないせいかも知れない。つまり定住した人口が希薄なせいかもしれな・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
出典:青空文庫