・・・「無闇な事も出来ますまいが、今度の設計なら決して高い予算じゃ御座いませんよ、何にしろあの建坪ですもの、八千円なら安い位なものです」「いやその安価のが私ゃ気に喰わんのだが、先ず御互の議論が通ってあの予算で行くのだから、そう安ぽい直ぐ欄・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・合いの家へ行って泊ったらしく、それから、けさ早く、あの綺麗な奥さんの営んでいる京橋のバーを襲って、朝からウイスキーを飲み、そうして、そのお店に働いている五人の女の子に、クリスマス・プレゼントだと言って無闇にお金をくれてやって、それからお昼頃・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・君も既に一個の創作家であり、すべてを心得て居られる事と思いますが、君の作品の底に少し心配なところがあるので、遠慮をせずに申し上げました。無闇に字面を飾り、ことさらに漢字を避けたり、不要の風景の描写をしたり、みだりに花の名を記したりする事は厳・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・〈チエホフ的に〉などと少しでも意識したならば、かならず無慙に失敗します。無闇に字面を飾り、ことさらに漢字を避けたり、不要の風景の描写をしたり、みだりに花の名を記したりする事は厳に慎しみ、ただ実直に、印象の正確を期する事一つに努力してみて下さ・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・その仙台平なるものの思い出を大事にして、無闇に外に出して粗末にされたくないエゴイズムも在るようだ。「セルのが、あります。」「あれは、いけない。あれをはいて歩くと、僕は活動の弁士みたいに見える。もう、よごれて、用いられない。」「けさ、・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ずいぶん恥ずかしいもんだから、その財布にも、箪笥にも、なるべく手をふれないよう、無闇に開閉しないように、そっと大事に、いたわるようになるのだ。いじらしいじゃないか。ずいぶん、つましい奥ゆかしいことなんだ。君は、それから、子供の財布さえ盗んだ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・これが一日ベルリンのフィルハーモニーで公開の弾劾演説をやって無闇な悪口を並べた。中に物理学者と名のつく人も一人居て、これはさすがに直接の人身攻撃はやらないで相対原理の批判のような事を述べたが、それはほとんど科学的には無価値なものであった。要・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・またその試験というのが人工的に無闇に程度を高く捻じり上げたもので、それに手の届くように鞭撻された受験者はやっと数時間だけは持ちこたえていても、後ではすっかり忘れて再び取りかえす事はない。それを忘れてしまえば厄介な記憶の訓練の効果は消えてしま・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・あれに比べると外の多くの騒がしい絵は、云わば腹のへっているのに無闇に大きな声を出しているような気のするものである。真に美しいものは大人しく黙っている。しかしそれはいつまでも見た人の心に美しい永遠の響を留める。そしてその余韻は、その人の生活を・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・その度ごとに本屋の書架から手頃らしいと思われる註釈本を物色しては買って来て読みかけるのであるが、第一本文が無闇に六かしい上にその註釈なるものが、どれも大抵は何となく黴臭い雰囲気の中を手捜りで連れて行かれるような感じのするものであった。それら・・・ 寺田寅彦 「変った話」
出典:青空文庫