・・・といわれた、無類な潤みを持った童女にしてはどこか哀れな、大きなその眼は見る事が出来なかった。クララは、見つめるほど、骨肉のいとしさがこみ上げて来て、そっと掌で髪から頬を撫でさすった。その手に感ずる暖いなめらかな触感はクララの愛欲を火のように・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・天の助けがあるから自分は眼病をなおした上で無類の名画をかいて見せると勇み立って医師の所にかけつけて行きました。 王子も燕もはるかにこれを見て、今日も一ついい事をしたと清い心をもって夜のねむりにつきました。 そうこうするうちに気候はだ・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・私店けし入軽焼の義は世上一流被為有御座候通疱瘡はしか諸病症いみもの決して無御座候に付享和三亥年はしか流行の節は御用込合順番札にて差上候儀は全く無類和かに製し上候故御先々様にてかるかるやきまたは水の泡の如く口中にて消候ゆゑあはかるやき・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・天下無類の愚か者。それがしは、今日今宵この刻まで、人並、いやせめては月並みの、面相をもった顔で、白昼の往来を、大手振って歩いて来たが、想えば、げすの口の端にも掛るアバタ面! 楓どの。今のあの言葉をお聴きやったか」「いいえ、聴きませぬ。そ・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・悪くなる、電車の中や薄暗いところで読むと眼にいけない、活字のちいさな書物を読むと近眼になるなどと言われて、近頃岩波文庫の活字が大きくなったりするけれど、この人達は電車の中でも読み、活字の大小を言わず、無類の多読を一生の仕事のようにして来たに・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・人は彼が聾であって無類のお人好であることすら忘れてしまうのである。往来へ出て来た彼は、だから機械から外して来たクランクのようなものである。少しばかり恰好の滑稽なのは仕方がないのである。彼は滅多に口を利かない。その代りいつでもにこにこしている・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・やな顔をする、それをお神さんたちはなお面白半分に私の世話を焼いたこともありました、けれども、それでもってお俊と私の仲を長屋の者が疑ぐるかというに決してそうでなく、てんで私をば木か金で作ったもののように無類の堅人だと信じていたのでございます。・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・君はそういう訳で歩いているなら、これこれの処にこういう寺がある、由緒は良くても今は貧乏寺だが、その寺の境内に小さな滝があって、その滝の水は無類の霊泉である。養老の霊泉は知らぬが、随分響き渡ったもので、二十里三十里をわざわざその滝へかかりに行・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・それから節廻りの良いことは無類。そうして蛇口の処を見るというと、素人細工に違いないが、まあ上手に出来ている。それから一番太い手元の処を見るとちょいと細工がある。細工といったって何でもないが、ちょっとした穴を明けて、その中に何か入れでもしたの・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・実際無類絶好の奇宝であり、そして一見した者と一見もせぬ者とに論なく、衆口嘖しゅうこうさくさくとしていい伝え聞伝えて羨涎を垂れるところのものであった。 ここに呉門の周丹泉という人があった。心慧思霊の非常の英物で、美術骨董にかけては先ず天才・・・ 幸田露伴 「骨董」
出典:青空文庫