・・・ 真偽のほどは知らないが、おなじ城下を東へ寄った隣国へ越る山の尾根の談義所村というのに、富樫があとを追って、つくり山伏の一行に杯を勧めた時、武蔵坊が鳴るは滝の水、日は照れども絶えずと、謡ったと伝うる(鳴小さな滝の名所があるのに対して、こ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・を機会に、行火の箱火鉢の蒲団の下へ、潜込ましたと早合点の膝小僧が、すぽりと気が抜けて、二ツ、ちょこなんと揃って、灯に照れたからである。 橙背広のこの紳士は、通り掛りの一杯機嫌の素見客でも何でもない。冷かし数の子の数には漏れず、格子から降・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ けれども、そのような絵は往々にしてこの部屋へ来る客たちを照れさせ、辟易させるという意味で逆効果を示す場合もあろう。 すくなくとも小沢は辟易していた。「まるでわざとのように、こんな絵を掛けやがった」 そう思ったのは、しかし一・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・吉田さんへも宜しく御伝え下され度、小生と逢っても小生が照れぬよう無言のうちに有無相通ずるものあるよう御取はからい置き下され度、右御願い申しあげます。なお、この事、既に貴下のお耳に這入っているかも知れませんが、英雄文学社の秋田さんのおっしゃる・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・は、たいへん男振りが自慢らしく、いつかその人の選集を開いてみたら、ものの見事に横顔のお写真、しかもいささかも照れていない。まるで無神経な人だと思った。 あの人にとぼけるという印象をあたえたのは、それは、私のアンニュイかも知れないが、しか・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・青年はすっかり照れてしまった。(まあ地図をお見せなさい。お掛嘉吉は自分も前小林区に居たので地図は明るかった。学生は地図を渡しながら云われた通りしきいに腰掛けてしまった。おみちはすぐ台所の方へ立って行って手早く餅や海藻とささげを煮た膳をこ・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・わたくしも少し照れてしまいました。「いや、デストゥパーゴさまは人に水をごちそうはなさいませんよ。」テーモが云いました。「ごちそうになろうというんでないんです。野原のまんなかで、つめくさのあかりを数えて来たポラーノの広場で、わたくしは・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・段々照れて若者らしくペロリ、舌を出し彼は元の雑誌にかじりついてしまった。――片頬笑みが陽子の口辺に漂った。途端、けたたましい叫び声をあげて廊下の鸚哥があばれた。「餌がないのかしら」 ふき子が妹に訊いた。「百代さん、あなたけさやっ・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・と云いながら、照れたような生真面目な顔をして藍子の傍へとってかえした。「どうも失礼してしまいました。どうぞ」「いいんですか」「ええ、どうぞ」 二階に、今の客が敷きのこして行った座布団が火鉢と茶器の傍にそのままある。藍子は・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫