・・・昔天国の門に立たせて置かれた、あの天使のように、イエスは燃える抜身を手にお持になって、わたくしのいる檻房へ這入ろうとする人をお留なさると存じます。わたくしはこの檻房から、わたくしの逃げ出して来た、元の天国へ帰りたくありません。よしや天使が薔・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ そこに大きなテーブルが置いてあって、水晶で造ったかと思われるようなびんには、燃えるような真っ赤なチューリップの花や、香りの高い、白いばらの花などがいけてありました。テーブルに向かって、ひげの白いじいさんが安楽いすに腰かけています。かた・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・はねの美しいこちょうは、黄色く炎の燃えるように咲き誇ったたんぽぽの花の上に止まっていました。 ほかのいろいろの多くの花は、みんなそのたんぽぽの花をうらやましく思っていたのです。その時分には、いつか小鳥の声をきいて、その姿を見たいといって・・・ 小川未明 「いろいろな花」
・・・このまま静脈に刺してやろうかと、寺田は静脈へ空気を入れると命がないと言った看護婦の言葉を想い出し、狂暴に燃える眼で一代の腕を見た。が、一代の腕は皮膚がカサカサに乾いて黝く垢がたまり、悲しいまでに細かった。この腕であの競馬の男の首を背中を腰を・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・私たちがそこの角を曲ると、二階からパッとマグネシュウムの燃える音がした。「今泣いた子が笑った……」私はこうして会費も持たずに引張られてきた自分を極まり悪く思いながら、女中に導かれて土井の後から二階へあがった。そして電灯を消した暗い室に立った・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・彼人だってどんな具合でここへ漂って来まいものでもない、』など思いつづけて坂の上まで来て下町の方を見下ろすと、夜は暗く霧は重く、ちょうどはてのない沼のようでところどころに光る燈火が燐の燃えるように怪しい光を放ちて明滅していた。『彼人とはだ・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・同時代への燃えるような愛にうながされて、世のため、祖国のため憂い、叫び、論じ、闘った。彼は父母と、師長と、国土への恩愛を通して、活ける民族的、運命的共同体くにへの自覚と、感謝と、護持の念にみちみちていた。彼はその活きたくにへの愛護の本能によ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 燃えるような恋をして、洗われる芋のように苦労して、しかも笛と琴とのように調和して、そしてしまいには、松に風の沿うように静かになる。それが恋愛の理想である。 ダンテを徳に導いた淑女ベアトリーチェ。ファウスト第二部の天上のグレーチヘン・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・薪が燃える周囲の雪が少しばかり解けかける。 自分の意志を苅りこまれ、たゞ一つの殺人器のようにこき使われた彼等は、すべての希望を兵役の義務から解き放された後にかけている。彼等はまだ若いのだ。しかし、そのすべての希望も、あの煙と共に消えなけ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・火かえんも螺線になッて燃えるのだが凡眼では見えないのサ。風は年中螺旋に吹てるのサ。小サイ奴が颶風だよ。だから颶風なぞは恐ろしいものではない。推算が上手になれば人間にもっとも幸福を与うるものは颶風だよ。颶風なぞを恐れる世界だから悲しいよ。それ・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
出典:青空文庫