・・・現代人は相生、調和の美しさはもはや眠けを誘うだけであって、相剋争闘の爆音のほうが古典的和弦などよりもはるかに快く聞かれるのであろう。そういう爆音を街頭に放散しているものの随一はカフェやバーの正面の装飾美術であろう。ちょうどいろいろな商品のレ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・次にチョッキの隠袋から、何か小さなものを出して、火縄でそれに点火したのを、手早く筒口から投げ入れると、半秒足らずくらいの後に、爆然と煙が迸り出て、鈍い爆音が聞える。煙が綺麗な渦の環になってフワフワと上がって行く、すると高い所で弾が爆発して、・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 昭和十年八月四日の朝、信州軽井沢千が滝グリーンホテルの三階の食堂で朝食を食って、それからあの見晴らしのいい露台に出てゆっくり休息するつもりで煙草に点火したとたんに、なんだかけたたましい爆音が聞こえた。「ドカン、ドカドカ、ドカ・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・しばらくしてぽーんと弱い爆音が聞こえる。この時間間隔がうまく行けばほんとうに花火らしい感じが出るであろう。また江上の夏の夜の情趣も浮かぶであろう。 小銃弾の速度は毎秒九百メートルほどである。それで約一キロメートル前方の山腹で一斉射撃の煙・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・ ライナーの爆音が熄むと、ハムマーの連中も運転を止めた。 秋山は陸面から八十尺の深さに掘り下げた、彼等自身の掘鑿を這い上りながら、腰に痛みを覚えた。が、その痛みは大して彼に気を揉ませはしなかった。何故ならば、それはいつでもある事だっ・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ 私は我知らず頭をあげ、文明の徴証である飛行機の爆音に耳を傾けた。快晴の天気を語るように、留置場入口のガラス戸にペンキ屋の看板の一部がクッキリ映り、相川と大きな左文字が読めている。姿は見えず、飛行機の音だけを聞くのは特別な感じであった。・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 空に、快い爆音がある。飛行機だ。数台の飛行機がメーデー祝祭の分列式を行っている―― モスクワのあらゆる街々から赤い広場へ向って行進して来たデモが、広場へ入る二つの門の外で赤旗の海となった時、広場の中では、威風堂々の閲兵式の殿りとし・・・ 宮本百合子 「勝利したプロレタリアのメーデー」
・・・やがて、ギーアをかえ爆音つよし「ほらのぼりだな、音でわかっるね、こういう音は馬力を出して居るに違いない 音でわかりますよ」 うるさい、うるさい H・Kのいたずら 文学少女が来る。「私小説かきたいんですが」・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・くっついて社会主義首府へのりこもうとした俗人、反社会主義的人間は、ひどい爆音がして煙が立ったと見ると何か科学の力できれいにヤグラから舞台の下へ落っことされている。あれよあれよという間に、社会主義の首府に向って、飛行機は飛び去り、芝居は終ると・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 九時頃自動車の爆音が裏の松林に聞えた。「何だい」「病院の自動車だ」 昼少し前になって原宿と伴立って幸雄が来た。「御苦労だね」「いいお天気で何よりでした」「これからかい」 応待など石川の眼にはどこも異常が認め・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫