・・・それで手拭で片目を繃帯し、川の水をあびあびやっときりぬけて、巣鴨の方の寺に行った。 荷もつに火がつくので水をかける、そのあまりをかい出すもの、舟をこぐもの分業で命からがらにげ出したのだ。 吉田さんの話。 Miss Wells・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 森の木の枝に自慢の角を引っかけて玉にうたれた鹿だの、孔雀の羽根で恥をかいた可哀そうな鳥だの、片目をたのみすぎた罪のない驢馬だのねえ。B まあそんなに? 私にはそんな事考えられないわ。A そんな旅はいつまで続くの。 来年・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
・・・真面目な科学者は、彼の片目を盲にした爆発物を、なお残りの隻眼で分析する勇気と、熱愛と、献身とを持つ」 彼女は確かに失望もし、情けない恥かしさに心を満たされもした。 けれども、極度な歓喜に燃え熾った感情が、この失策によって鎮められ、し・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・くしようとて滝壺に座って歌ってござるうちに目がまわってそのままどこに行かれたか先のわからぬ様になられたも、フトもれきいた歌声とチラとかい間見た後姿に命がけでしのんで行かしゃったら思いもかけぬ御年よりで片目で菊石だらけでござったのに驚き様があ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ほんとに運が悪いとなると、あの片目の雌鴨みたいなのさえ居るんだからなあ。「片目のって? どんなんだって? 第一そんなのと私共一緒に居た事があったかしらん。「ほらお前もう忘れたの? ついこないだまで一緒に居たじゃないか、あのうんと大き・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・糸を縒っているのは、片目の老処女で、私の所で女中が宿に下がった日には、それが手伝に来てくれるのであった。 或る日役所から帰って、机の上に読みさして置いてあった Wundt の心理学を開いて、半ペエジばかり読んだが、気乗がせぬので止めた。・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・背の高い、色の白い、目鼻立ちの立派な兄文治と、背の低い、色の黒い、片目の弟仲平とが、いかにも不吊合いな一対に見えたからである。兄弟同時にした疱瘡が、兄は軽く、弟は重く、弟は大痘痕になって、あまつさえ右の目がつぶれた。父も小さいとき疱瘡をして・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫