・・・ つぶし餡の牡丹餅さ。ために、浅からざる御不興を蒙った、そうだろう。新製売出しの当り祝につぶしは不可い。のみならず、酒宴の半ばへ牡丹餅は可笑しい。が、すねたのでも、諷したのでも何でもない、かのおんなの性格の自然に出でた趣向で・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・「片原に、おっこち……こいつ、棚から牡丹餅ときこえるか。――恋人でもあったら言伝を頼まれようかね。」「いやだ、知りましねえよ、そんげなこと。」「ああ、自動車屋さん、御苦労です。ところで、料金だが、間違はあるまいね。」「はい。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「留守ごとに牡丹餅でもこしらえて食うかいの。」とばあさんは云い出した。「お。」「毎日米の飯ばかり食うとるとあいてしまう。ちっとなんぞ珍らしい物をこしらえにゃ!」 けれども米の牡丹餅も、田舎で時たま休み日にこしらえて食ったキビ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・日曜日の本町の市で、手製の牡丹餅などと一緒にこのいたどりを売っている近郷の婆さんなどがあった。そのせいか、自分の虎杖の記憶には、幼時の本町市の光景が密接につながっている。そうして、肉桂酒、甘蔗、竹羊羹、そう云ったようなアットラクションと共に・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・日曜ごとにK市の本町通りで開かれる市にいつもきまって出現した、おもちゃや駄菓子を並べた露店、むしろの上に鶏卵や牡丹餅や虎杖やさとうきび等を並べた農婦の売店などの中に交じって蓄音機屋の店がおのずからな異彩を放っていた。 器械から出る音のエ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 蕪村の句は行く春や選者を恨む歌の主命婦より牡丹餅たばす彼岸かな短夜や同心衆の川手水少年の矢数問ひよる念者ぶり水の粉やあるじかしこき後家の君虫干や甥の僧訪ふ東大寺祇園会や僧の訪ひよる梶がもと味噌汁をく・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫