小学教育の事 一 教育とは人を教え育つるという義にして、人の子は、生れながら物事を知る者に非ず。先きにこの世に生れて身に覚えある者が、その覚えたることを二代目の者に伝え、二代目は三代目に授けて、人間の世界の有・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・しかし己は高が身の周囲の物事を傍観して理解したというに過ぎぬ。己と身の周囲の物とが一しょに織り交ぜられた事は無い。周囲の物に心を委ねて我を忘れた事は無い。果ては人と人とが物を受け取ったり、物を遣ったりしているのに、己はそれを余所に見て、唖や・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・誰だって自分の都合のいいように物事を考えたいものではありますがどこ迄もそれで通るものではありません。元来私どもの感情はそう無茶苦茶に間違っているものではないのでありましてどうしても本心から起って来る心持は全く客観的に見てその通りなのでありま・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 今日の所謂戦線ルポルタージュには、何となくただ眼をうごかして外側にある物事を見るにせわしい作家達の態度が映っている。「こわいもの見たさというか、男の虚栄心からか」前線へもゆきたがる作家を、陸軍の従軍報道班の人々は忍耐をもって、適当に案・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・ やがて若い階級的な妻である女は、自分が良人のところへかけ込んだことを自己批判し、終局に「物事が乱れるような結果になるかもしれない。けれどもそれが何だろう」あらゆるものを投げ出したものに貞操なんか何だ? そして石川という共働者との場合に・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ 私の狭い智や愛、まだ年の工合で、時々は自分の恐れを感じるほど物事に動かされます。 一冊本を読めば大抵の時は何かもうすっかり心の底まで感激して仕舞う様な事が有って、その度びに自分を情なく思ったり――勿論情なく思いきりでへこたれはしま・・・ 宮本百合子 「動かされないと云う事」
・・・ ――○―― 小剣氏の様に又、鈴木氏の様にあまり物事がきっぱりきっぱりがすきと云う人は、私のきらいな人である。 あまりきっちりきっちりして居るところに驚くべき美がないと同時に、驚歎するだけの生活もないものである。・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・しかし生得、人の悶え苦しんだり、泣き叫んだりするのを見たがりはしない。物事がおだやかに運んで、そんなことを見ずに済めば、その方が勝手である。今の苦笑いのような表情は人に難儀をかけずには済まぬとあきらめて、何か言ったり、したりするときに、この・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・胸に小刀を貫いている人には、もう物事を苦しく思うことは無いものである。 馬車が駐まった。載せられて来たものは一人ずつ降りた。押丁がそれを広い糺問所に連れ込む。一同待合室で待たせられる。そこでは煙草を呑むことが禁じてある。折々眼鏡を掛けた・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 他人のことは私は知らないが自分一人では、私は物事をどちらかというと観察しない方である。自然に眼にふれ耳にはいってくることの方を大切にしたいと思っている。観察をすると有効な場合はあるが、観察したことのために相手が変化をしてしまうので、も・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫