・・・宅の物置にかつて自分が持あるいた画板があったのを見つけ、同時に志村のことを思いだしたので、早速人に聞いて見ると、驚くまいことか、彼は十七の歳病死したとのことである。 自分は久しぶりで画板と鉛筆を提げて家を出た。故郷の風景は旧の通りである・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 人々は非常に奔走して、二十人の生徒に用いられるだけの机と腰掛けとを集めた、あるいは役場の物置より、あるいは小学校の倉の隅より、半ば壊れて用に立ちそうにないものをそれぞれ繕ってともかく、間に合わした。 明日は開校式を行なうはずで、豊・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・下は物置で、土間からすぐ梯子段が付いている、八畳一間ぎり、食事は運んで上げましょというのを、それには及ばないと、母屋に食べに行く、大概はみんなと一同に膳を並べて食うので、何を食べささりょうと頓着しない。 梅ちゃんは十歳の年から世話になっ・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・で歩くのであるから、忍耐に忍耐しきれなくなって怖くもなって来れば悲しくもなって来る、とうとう眼を凹ませて死にそうになって家へ帰って、物置の隅で人知れず三時間も寐てその疲労を癒したのであった。そこでその四五日は雁坂の山を望んでは、ああとてもあ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・いよいよこの家を去ろうと心をきめてからは、押入れの中なぞも、まるで物置きのようになっていた。世界を家とする巡礼者のような心であちこちと提げ回った古い鞄――その外国の旅の形見が、まだそこに残っていた。「子供でも大きくなったら。」 私は・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・裏の木戸口から物置の方へ通う空地は台所の前にもいくらかの余裕を見せ、冷々とした秋の空気がそこへも通って来ていた。おげんはその台所に居ながらでも朝顔の枯葉の黄ばみ残った隣家の垣根や、一方に続いた二階の屋根などを見ることが出来た。「おさださ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・そこは食堂か物置部屋にでもしようというところだ。崖を崩して築き上げた暗い石垣がまだそのままに顕われていた。 二人は復た川の見える座敷へ戻った。先生は戸棚を開けて、煙草盆などを探した。「しかし、先生も白く成りましたネ」 と高瀬が言・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・そのうちに、人の気づかない、離宮の物置小屋にとび火がして、屋根へもえ上りました。向う岸から患者をはこんで来たばかりの看護婦たちのうち、田島かつ子さん以下はそれを見て、すかさずかけつけて、ひっしになって消しとめました。かつ子さんたちはそれから・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ やがて自分はのこのこと物置の方へ行って、そこから稲妻の形に山へついた切道を、すたすたと片跣足のままで駈け上る。高みに立てば沖がずっと見えるのである。そして、隣村の埠頭場から出る帆があれば、それが藤さんの船だと思ったからである。上れるだ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・父も、会社の応接間の画を、はじめは、いやがって会社の物置にしまわせていたのだそうですが、こんどは、それを家へ持って来て、額縁も、いいのに変えて、父の書斎に掛けているのだそうです。池袋の大姉さんも、しっかりおやり等と、お手紙を下さるようになり・・・ 太宰治 「きりぎりす」
出典:青空文庫