・・・ 私はこれを読んだ時に何だか物足りないような気がした。ケラーの主張が本当であり得るような気がすると同時に、そうであらせたいという気もした。しかし自分は盲でない。ヴィエイという優れた盲の学者の説に反対すべき何らの材料も持ち合せない。しかし・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・ また一方で歴史と称するものは通例王者、勝利者、支配者の歴史であって、人間の歴史としてははなはだ物足りないものである。少なくも人間の歴史はただその中に偶然的に織り込まれているに過ぎない。歴史を読むのみではわれわれは祖先民族の生活も心理も・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・夫婦暮らしで比較的閑散な田園生活を送っている甥が、西洋草花を栽培しているのは自然な事だと思うだけではなんだか物足りないように思われるのであった。 堅吉はすぐ甥にあててはがきを書いて、受取と礼の言葉を述べた末に、手跡の不思議と球根の系図に・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ 何だか少し物足りないような心持になって、そこらのバラックの街を歩いた。自分の頭の中にある狭い世の中の一角が、それは小さな一角ではあるが、永久に焼払われたような気がした。何故だろう。 今まであの店の部屋の古風な装飾なり、また燕尾服を・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・それだけに何か物足りない。 この芝居を見てから数日後に友だちといっしょに飯を食いながらこの歌舞伎座見物の話をして、どうもどの芝居もみんな、もうひと息というところまで行っていながら肝心の最後のひと息が足りないような気がするという不平をもら・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ロート張りの裸体の群れでも気のきいたところも鋭さもなくただ雑然として物足りない。もう少し落ち着いてほしい。 正宗得三郎。 この人の絵も私にはいつもなんとなく騒がしくわずらわしい感じがあって楽しめない。もう少し物事を簡潔につかんで作者が何・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・しかしなくてはやっぱり物足りない。 その後軽井沢に避暑している友人の手紙の中に、彼地でランプを売っている店を見たと云ってわざわざ知らせてくれた。また郷里へ注文して取寄せてやろうかと云ってくれる人もあった。しかしせっかく遠方から取寄せ・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・しかしそれにしても当時耳にする機会の多かった本物の音楽に比べては到底比較にならない物足りないものだという気がした。曲の構想や旋律を研究し記憶して、次に本物を聞くための準備をするには非常に重宝なものであるとは気がついたが、これを純粋な芸術的享・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・氏はいつでも頭で絵を描いているのを多とするが、しかし頭と心臓と両方が出ないとどこか物足りない。 龍子氏ももう少し心臓の方を働かせて描いてほしい。 芋銭氏の絵には時々心臓が働いているように見えるのを頼もしく思う。今年のはあまりはえない・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
・・・ 裸体も美しいが、ずっと遠く離れて見ると、どこかしら、少し物足りない寂しいところがあるように感ずる。何故だか分らない。人体の周囲の空間が大きいせいかもしれない。 山下氏の絵は、いつでも気持のいい絵である。この人の絵で気持の悪いという・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
出典:青空文庫