・・・こう云う種類の人間のみが持って居る、一種の愛嬌をたたえながら、蛇が物を狙うような眼で見つめたのである。「別儀でもございませんが、その御手許にございまする御煙管を、手前、拝領致しとうございまする。」 斉広は思わず手にしていた煙管を見た・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ここらに待っていて、浜へ魚の上るのを狙うだよ、浜へ出たって遠くの方で、船はやっとこの烏ぐれえにしか見えやしねえや。 やあ、見さっせえ、また十五六羽遣って来た、沖の船は当ったぜ。 姉さん、また、着るものが出来らあ、チョッ、」 舌打・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・分っていて、その主人が旅行という隙間を狙う。わざと安心して大胆な不埒を働く。うむ、耳を蔽うて鐸を盗むというのじゃ。いずれ音の立ち、声の響くのは覚悟じゃろう。何もかも隠さずに言ってしまえ。いつの事か。一体、いつ頃の事か。これ。侍女 いつ頃・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・飛天の銃は、あの、清く美しい白鷺を狙うらしく想わるるとともに、激毒を啣んだ霊鳥は、渠等に対していかなる防禦をするであろう、神話のごとき戦は、今日の中にも開かるるであろう。明神の晴れたる森は、たちまち黒雲に蔽わるるであろうも知れない。 銑・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・折角の巨人、いたずらに、だだあ、がんまの娘を狙うて、鼻の下の長きことその脚のごとくならんとす。早地峰の高仙人、願くは木の葉の褌を緊一番せよ。 さりながらかかる太平楽を並ぶるも、山の手ながら東京に棲むおかげなり。奥州……花巻より十・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・……それが皆その像を狙うので、人手は足りず、お守をしかねると言うのです。猫を紙袋に入れて、ちょいとつけばニャンと鳴かせる、山寺の和尚さんも、鼠には困った。あと、二度までも近在の寺に頼んだが、そのいずれからも返して来ます。おなじく鼠が掛るので・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・唯台所で音のする、煎豆の香に小鼻を怒らせ、牡丹の有平糖を狙う事、毒のある胡蝶に似たりで、立姿の官女が捧げた長柄を抜いては叱られる、お囃子の侍烏帽子をコツンと突いて、また叱られる。 ここに、小さな唐草蒔絵の車があった。おなじ蒔絵の台を離し・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・「鷺が来て、魚を狙うんでございます。」 すぐ窓の外、間近だが、池の水を渡るような料理番――その伊作の声がする。「人間が落ちたか、獺でも駈け廻るのかと思った、えらい音で驚いたよ。」 これは、その翌日の晩、おなじ旅店の、下座敷で・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・彼はそうしたものを見るにつけ、それが継母の呪いの使者ではないかという気がされて神経を悩ましたが、細君に言わせると彼こそは、継母にとっては、彼女らの生活を狙うより度しがたい毒虫だと言うのであった。 彼は毎晩酔払っては一時ごろまでぐっすりと・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・息子はお梅さんを貰いに帰ったのだろう、甘く行けば後の高山の文さんと長谷川の息子が失望するだろう、何に田舎でこそお梅さんは美人じゃが東京に行けばあの位の女は沢山にありますから後の二人だってお梅さんばかり狙うてもおらんよ、など厄鬼になりて討論す・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫