・・・勘当ではない自分で追出て、やがて、おかち町辺に、もぐって、かつて女たちの、玉章を、きみは今……などと認めた覚えから、一時、代書人をしていた。が、くらしに足りない。なくなれば、しゃっぽで、袴で、はた、洋服で、小浜屋の店さして、揚幕ほどではある・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・その陽だまりは、山霊に心あって、一封のもみじの音信を投げた、玉章のように見えた。 里はもみじにまだ早い。 露地が、遠目鏡を覗く状に扇形に展けて視められる。湖と、船大工と、幻の天女と、描ける玉章を掻乱すようで、近く歩を入るるには惜いほ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ただその玉章は、お誓の内証の針箱にいまも秘めてあるらしい。……「……一生の願に、見たいものですな。」「お見せしましょうか。」「恐らく不老長寿の薬になる――近頃はやる、性の補強剤に効能の増ること万々だろう。」「そうでしょうか。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・嘴に小さな芋虫を一つ銜え、あっち向いて、こっち向いて、ひょいひょいと見せびらかすと、籠の中のは、恋人から来た玉章ほどに欲しがって駈上り飛上って取ろうとすると、ひょいと面を横にして、また、ちょいちょいと見せびらかす。いや、いけずなお転婆で。…・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・……同じ事を、絶えず休まずに繰返して、この玩弄物を売るのであるが、玉章もなし口上もなしで、ツンとしたように黙っているので。 霧の中に笑の虹が、溌と渡った時も、独り莞爾ともせず、傍目も触らず、同じようにフッと吹く。 カタリと転がる。・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 周文、崋山、蕭伯、直入、木庵、蹄斎、雅邦、寛畝、玉章、熊沢蕃山の手紙を仕立てたもの、団十郎の書といったものまであった。都合十七点あった。表装もみごとなものばかしであった。惣治は一本一本床の間の釘へかけて、価額表の小本と照し合わせていち・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 夏の玉章一通、年の暮れの玉章一通、確かに届きぬ。われこれに答えざりしは今の時のついに来たりて、われ進みて文まいらすべきことあるをかねて期しいたればにて深き故あるにあらず。今こそ答えまいらすべし、ただ一言。弁解の言葉連ねたもうな、二郎と・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・千金を惜まずして奇玩をこれ購うので、董元宰の旧蔵の漢玉章、劉海日の旧蔵の商金鼎なんというものも、皆杜九如の手に落ちた位である。この杜九如が唐太常の家にある定鼎の噂を聞いていて、かねがねどうかして手に入れたいものだと覗っていた。太常の家は孫の・・・ 幸田露伴 「骨董」
出典:青空文庫