上 夏の初、月色街に満つる夜の十時ごろ、カラコロと鼻緒のゆるそうな吾妻下駄の音高く、芝琴平社の後のお濠ばたを十八ばかりの少女、赤坂の方から物案じそうに首をうなだれて来る。 薄闇い狭いぬけろじの車止・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ 父が亡くなった翌年の夏、郷里の家を畳んで母と長女を連れ、陸路琴平高松を経て岡山で一泊したその晩も暑かった。宿の三階から見下ろす一町くらい先のある家で、夜更けるまで大声で歌い騒ぎ怒鳴り散らすのが聞こえた。雨戸をしめに来た女中がこの騒ぎを・・・ 寺田寅彦 「夏」
朝、めをさまして、もう雨戸がくられている表廊下から外を見て私はびっくりしたし、面白くもなった。私たちの泊った虎丸旅館というのは、琴平の大鳥居のほんとの根っこのところにあるのであった。廊下から眺める向い側の軒下は、ズラリと土・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・十月。琴平。現代の主題。風知草。十一月。郵便切手。図書館。風知草。単行本。『伸子』〔第一部〕。私たちの建設。一九四七年一月から〔八〕月まで中央公論につづけて「二つの庭」を書いた。これは二十数年前に書いた「伸子・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫