・・・そのうちに、紅と藍色とのまじったものを基調の色素にして瑠璃にも行けば柿色にも薄むらさきにも行き、その極は白にも行くような花の顔がほのかに見えて来る。物数寄な家族のもののあつまりのことで、花の風情を人の姿に見立て、あるものには大音羽屋、あるも・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・夏を彩どる薔薇の茂みに二人座をしめて瑠璃に似た青空の、鼠色に変るまで語り暮した事があった。騎士の恋には四期があると云う事をクララに教えたのはその時だとウィリアムは当時の光景を一度に目の前に浮べる。「第一を躊躇の時期と名づける、これは女の方で・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ もしその丘をつくる黒土をたずねるならば、それは緑青か瑠璃であったにちがいありません。二人はあきれてぼんやりと光の雨に打たれて立ちました。 はちすずめがたびたび宝石に打たれて落ちそうになりながら、やはりせわしくせわしく飛びめぐって、・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
・・・そらがまっ青に晴れて、一枚の瑠璃のように見えました。その冴みきったよく磨かれた青ぞらで、まっ白なけむりがパッとたち、それから黄いろな長いけむりがうねうね下って来ました。それはたしかに、日本でやる下り竜の仕掛け花火です。そこで私ははっと気がつ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・その得意な顔はまるで青空よりもかがやき、上等の瑠璃よりも冴えました。そればかりでなく、みんなのブラボオの声は高く天地にひびき、地殻がノンノンノンノンとゆれ、やがてその波がサンムトリに届いたころ、サンムトリがその影響を受けて火柱高く第二の爆発・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・常珍らなるかかる夜は燿郷の十二宮眼くるめく月の宮瑠璃の階 八尋どの玉のわたどの踏みならし打ち連れ舞わん桂乙女うまし眉高く やさめの輝き長袖花をあざむけば天馳つかい喜び誦し山祇もみずとりだまもと・・・ 宮本百合子 「秋の夜」
・・・それに瑠璃色の硯屏と白い原稿紙、可愛い円るい傘のスタンド、イギリス産の洋紅に染めつけた麻の敷物なぞ、どれもわたくしの好きなものばかりです。 音楽、絵画その他 近頃は音楽を聴くよりも絵を見ることの方が多いのですが・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・なかに、 仏国の「瑠璃の浜辺」にある辟寒地で、二万人を入れるカジノの中に、世界の遊民が、一杯の珈琲に安閑として居るのを見て、アリストートルと希臘文明に顕れた幸福主義の結果だと論じたという事は、私に重大な反省を与える。幸福主義というのは、・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
・・・と思って十月に入ってから瑠璃色にかがやき出した、羽根の色を思った。人間が春と秋とをよろこぶ様に自分達には嬉しい冬が来るのに、たった一人ぽっつんと塀の中に、かこいの中に羽根をきられてこもって居ると云う事は身を切られるよりも辛く思われた。「・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・彼女の繍った小鳥なら吹く朝風にさっと舞い立って、瑠璃色の翼で野原を翔けそうです。彼女の繍った草ならば、布の上でも静かに育って、秋には赤い実でもこぼしそうです。 町では誰一人、お婆さんの繍とり上手を知らないものはありませんでした。また、誰・・・ 宮本百合子 「ようか月の晩」
出典:青空文庫