・・・何処までも謹恪で細心な、そのくせ商売人らしい打算に疎い父の性格が、あまりに痛々しく生粋の商人の前にさらけ出されようとするのが剣呑にも気の毒にも思われた。 しかし父はその持ち前の熱心と粘り気とを武器にしてひた押しに押して行った。さすがに商・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ その女は、丈長掛けて、銀の平打の後ざし、それ者も生粋と見える服装には似ない、お邸好みの、鬢水もたらたらと漆のように艶やかな高島田で、強くそれが目に着いたので、くすんだお召縮緬も、なぜか紫の俤立つ。 空いた処が一ツあったが、女の坐っ・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・はいつもの饒舌癖がかえって大阪の有閑マダムがややこしく入り組んだ男女関係のいきさつを判らせようとして、こまごまだらだらと喋っているという効果を出しているし、大阪弁も女専の国文科を卒業した生粋の大阪の娘を二人まで助手に雇って、書いたものだけに・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・だから前回に述べたような現実の心づかいは実にやむを得ない制約なので、恋愛の思想――生粋精華はどこまでも恋愛の法則そのものに内在しているのだ。だからかわいたしみったれた考えを起こさずに、恋する以上は霞の靉靆としているような、梵鐘の鳴っているよ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 智能の世界においての貴族である彼は社会の一員としては生粋のデモクラットである。国家というものは、彼にとってはそれ自身が目的でも何でもない。金の力も無論なんでもない。そうかと云って彼は有りふれの社会主義者でもなければ共産党でもない。彼の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ それにしても主婦の容貌があまり日本人によく似ているから、母親もオランダ人かと念のためにB君に聞いてみたが、やはりまぎれもない生粋のオランダ人だという事であった。私は不思議な気がした。当人は人から日本人に似ていると云われるのを喜んでいる・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・ それにしてもわれわれ生粋の日本人のほんとうに要求する音映画はまだどこにもない。そういったような気がするのであった。われわれの要求するものはやはり日本のパブストであり、日本のルネ・クレールであろう。こういつまでも外国のものの封切りを追い・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 十七 男の世界 生粋のアメリカ映画である。今までに見たいろいろの同種の映画のいろいろの部分が寄せ集められてできあがっているという感じである。しかしただ、ポウェルという男とゲーブルという男との接触から生じるいかにもき・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・そのrの喉音や語尾の自然な音韻が紛れもないドイツの生粋の気分を旅客の耳に吹き込むものであった。パンとゆで玉子を買って食う。ここでおおぜい乗り込んだ人々が自分ら二人にいろんな話をしかける。言語がよくわからないと見てとってむやみにゆっくり一語一・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ともかくもその瞬間に自分が子供の時分に夢みていた生粋の西洋というものが忽然と眼前に現われて忽然と消えてしまったのであった。今の日本人ことに都会人が西洋へ行って西洋の都市に暮していても、真に西洋を感じるということはおそらく比較的稀であろう。た・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
出典:青空文庫