・・・暫くしてかすかな産声が気息もつけない緊張の沈黙を破って細く響いた。 大きな天と地との間に一人の母と一人の子とがその刹那に忽如として現われ出たのだ。 その時新たな母は私を見て弱々しくほほえんだ。私はそれを見ると何んという事なしに涙が眼・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・「や、産声を挙げたわ、さあ、安産、安産。」と嬉しそうに乗出して膝を叩く。しばらくして、「ここはどこでございますえ。」とほろりと泣く。 七兵衛は笑傾け、「旨いな、涙が出ればこっちのものだ、姉や、ちっとは落着いたか、気が静まった・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・その日、産声が室に響くようなからりと晴れた小春日和だったが、翌日からしとしとと雨が降り続いた。六畳の部屋いっぱいにお襁褓を万国旗のように吊るした。 お君はしげしげと豹一のところへやってきた。火鉢の上でお襁褓を乾かしながら、二十歳で父とな・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 二日の午前九時四十分 健康な産声を高々と、独りの姉を補佐すべく産れて来た児は、七日後に寿江子と名づけられた。 うす紅色の皮膚の上を、銀色の産毛がそよいで、クルクルと丸い眼、高い広い額等には、家中の者の希んで居る賢さが現われて居・・・ 宮本百合子 「暁光」
出典:青空文庫