・・・それまでは一先ず婚約という形式にしたいと申出た。なんといってもまだ若い、急ぐに及ばないという意見であった。いくらかの不安もあったろうか。 ところが、すっかりその娘さんが気に入ってしまった彼は、すぐ結婚式を挙げたいと駄々をこねた。娘さんの・・・ 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・ ところで大津法学士は何でも至急に結婚して帰京の途中を新婚旅行ということにしたいと申出たので大津家は無論黒田家の騒動は尋常でない。この両家とも田舎では上流社会に位いするので、祝儀の礼が引きもきらない。村落に取っては都会に於ける岩崎三井の・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ お客さんというのは溺死者のことを申しますので、それは漁やなんかに出る者は時はそういう訪問者に出会いますから申出した言葉です。今の場合、それと見定めましたから、何も嬉しくもないことゆえ、「お客さんじゃねえか」と、「放してしまえ」と言わぬ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・君兪は名家に生れて、気位も高く、かつ豪華で交際を好む人であったので、九如は大金を齎らして君兪のために寿を為し、是非ともどうか名高い定鼎を拝見して、生平の渇望を慰したいと申出した。君兪は金で面を撲るような九如を余り好みもせず、かつ自分の家柄か・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・女は自分の申出たことに何の手答のある言葉も無いのに堪えかねたか、やがて少し頭を擡げた。燐みを乞う切ない眼の潤み、若い女の心の張った時の常の血の上った頬の紅色、誰が見てもいじらしいものであった。「どうぞ、然様いう訳でございますれば、……の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ ディオニシアスは、デイモンのその申出を聞いて、むしろびっくりしてしまいました。そして、よし、それではピシアスの言うとおりにさせてやろうと言いました。ともかくそれは、デイモンの馬鹿さ加減を試すのに丁度おもしろいと思ったからでした。 ・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・おだやかに話してあの金をかえてしてもらおう、とまあ私どもも弱い商売でございますから、私ども夫婦は力を合せ、やっと今夜はこの家をつきとめて、かんにん出来ぬ気持をおさえて、金をかえして下さいと、おんびんに申し出たのに、まあ、何という事だ、ナイフ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・僕は彼の申し出にたいして、お気にいったならば、と答えた。僕は、店子の身元についてこれまで、あまり深い詮索をしなかった。失礼なことだと思っている。敷金のことについて彼はこんなことを言った。「敷金は二つですか? そうですか。いいえ、失礼です・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・に、さし画でもカットでも何でも描かせてほしいと顔を赤らめ、おどおどしながら申し出たのを可愛く思い、わずかずつ彼女の生計を助けてやる事にしたのである。物腰がやわらかで、無口で、そうして、ひどい泣き虫の女であった。けれども、吠え狂うような、はし・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ 誤った無理な似て非なる類推は断じて許されないとしても、このような想起者として科学は意外に重要な役目を人間の今日の生活のいろいろな場面に対して申し出しているように思われるのである。 これは決して偶然なことではないのである。いったい、・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫