・・・自分は知人某氏を両国に訪うて第二の避難を謀った。侠気と同情に富める某氏は全力を尽して奔走してくれた。家族はことごとく自分の二階へ引取ってくれ、牛は回向院の庭に置くことを諾された。天候情なくこの日また雨となった。舟で高架鉄道の土堤へ漕ぎつけ、・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 彼女は「妻を娶らば才たけて、みめ美わしく情けあり、友を選ばば書を読みて、六分の侠気、四分の熱……」という歌を歌い終った時、いきなり、「今の歌もう一度歌って下さい」 と叫んだ兵隊が、この人だと思いだしたのである。 そのことを・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・そは心たしかに侠気ある若者なりしがゆえのみならず、べつに深きゆえあり、げに君にも聞かしたきはそのころの源が声にぞありける。人々は彼が櫓こぎつつ歌うを聴かんとて撰びて彼が舟に乗りたり。されど言葉すくなきは今も昔も変わらず。「島の小女は心あ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・という事を人にして現わしたようなものであったり、あるいは強くて情深くて侠気があって、美男で智恵があって、学問があって、先見の明があって、そして神明の加護があって、危険の時にはきっと助かるというようなものであったり、美女で智慮が深くて、武芸が・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・私はあの女の無邪気にハキハキとして居て男気が有り、わり合に考も有って男の手管にまかれるような事は一度もない、 と云う事をきいてまだ言葉も交わさない内、まだかおも見ない内から少なからず動かされ、或る特別なような好奇心に動かされて居た。・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・しかし海へ行くとしても只ゆくばかりでなく、いろいろな戸外ゲームたとえば射的や乗馬などを全く何もかも忘れて愉快に無邪気に数日乃至数週間を過ごします、それに近頃では天幕生活が非常によろこばれて女学生などは男気なしの仲のいいお友達数名と一緒に思う・・・ 宮本百合子 「女学生だけの天幕生活」
出典:青空文庫