・・・ただ父蟹の一生を例に、善は悪の異名であるなどと、好い加減な皮肉を並べている。三男の蟹は愚物だったから、蟹よりほかのものになれなかった。それが横這いに歩いていると、握り飯が一つ落ちていた。握り飯は彼の好物だった。彼は大きい鋏の先にこの獲物を拾・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・ 修身 道徳は便宜の異名である。「左側通行」と似たものである。 * 道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与える損害は完全なる良心の麻痺である。 * 妄に道徳に反するものは経済の・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・それ等の敵と呼ばれるものは少くとも僕には感受性や理智の異名に外ならなかった。が、伝統的精神もやはり近代的精神のようにやはり僕を不幸にするのは愈僕にはたまらなかった。僕はこの本を手にしたまま、ふといつかペン・ネエムに用いた「寿陵余子」と云う言・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・これを、おかしなものの異名だなぞと思われては困る。確かに、豆粉をまぶした餅である。 賤機山、浅間を吹降す風の強い、寒い日で。寂しい屋敷町を抜けたり、大川の堤防を伝ったりして阿部川の橋の袂へ出て、俥は一軒の餅屋へ入った。 色白で、赤い・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・五十吉といい今は西洞院の紙問屋の番頭だが、もとは灰吹きの五十吉と異名をとったごろつきでありながら、寺田屋の聟はいずれおれだというような顔が癪だと、おとみなどはひそかに塩まいていたが、お定は五十吉を何と思っていたろうか。 五十吉はずいぶん・・・ 織田作之助 「螢」
・・・とだと、もう一度見廻すと、若い娘の媚を含んだ視線に打っ突かった。 しかし雪子ではなかった。「なんだ、お加代か」 豹吉はペッと唾を吐いた。 同じ仲間の「ヒンブルの加代」と異名のあるバラケツであった。 バラケツとは大阪の・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・大先生とは、むかしは、ばかの異名だったそうですが、いまは、そんなことがない様で、何よりと愚考いたします。」「治兄。兄の評判大いによろしい。そこで何か随筆を書くよう学芸のものに頼んだところ大乗気で却って向うから是非書かしてくれということだ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・などという異名がつけられるはずのが、当時の田舎力士の大男の名をもらっていたわけである。しかし相撲は上手でなく成績もあまりよくなかったが一つだれにもできぬ不思議な芸をもっていた。それは口を大きくあいて舌を上あごにくっつけておいて舌の下面の両側・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・村夫子はなるほど猫も杓子も同じ人間じゃのにことさらに哲人などと異名をつけるのは、あれは鳥じゃと渾名すると同じようなものだのう。人間はやはり当り前の人間で善かりそうなものだのに。と答えてこれもからからと笑う。 余は晩餐前に公園を散歩するた・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・俳諧には蕪村または夜半亭の雅名を用うれど、画には寅、春星、長庚、三菓、宰鳥、碧雲洞、紫狐庵等種々の異名ありきとぞ。かの謝蕪村、謝寅、謝長庚、謝春星など言える、門弟にも高几董、阮道立などある、この一事にても彼らが徂徠派の影響を受けしこと明らか・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫