・・・己は稲荷様を疑いはせぬ。只どうも江戸ではなさそうに思うのだ」 こう云っている所へ、木賃宿の亭主が来た。今家主の所へ呼ばれて江戸から来た手紙を貰ったら、山本様へのお手紙であったと云って、一封の書状を出した。九郎右衛門が手に受け取って、「山・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・お霜は何ぜ息子が怒り出したのかを疑いながら、「お前が要らんことせなんだら誰が来るぞ!」と云い返した。「済んでから、ごてごて云うな!」「云う云う。お前の阿呆にもあきれるわ。」「勝手に饒舌ってよ!」「要らんことばっかしてな。・・・ 横光利一 「南北」
・・・彼がゾラの影響の下にその処女作を書いたことは疑いがない。しかし驚くべき事は三十歳の青年が自然主義の初期にすでにゾラを追い越しモウパッサンの先を歩いていたことである。題目とねらい所は両者ほとんど同じで、構図さえも似かよっているが、ゾラの百ペー・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫