・・・「あんなにあります」と声を挙げた。その声は年の七つも若い女学生になったかと思うくらい、はしたない調子を帯びたものだった。自分は思わずSさんの顔を見た。「疫痢ではないでしょうか?」「いや、疫痢じゃありません。疫痢は乳離れをしない内には、――」・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・それだけならばまだ女も、諦めようがあったのでしょうが、どうしても思い切れない事には、せっかく生まれた子供までが、夫の百ヶ日も明けない内に、突然疫痢で歿くなった事です。女はその当座昼も夜も気違いのように泣き続けました。いや、当座ばかりじゃあり・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・そのうちに知人のある者は保養地で疫痢のために愛児を亡くしたりした。それでもう海水浴というものが恐ろしくなって、泊りがけに行く気にはなれなくなってしまった。それでも一度も行かないのは子供等に気の毒なような気がするので、日返り旅行という事を考え・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・たぶん今云う疫痢であったろうと思われる。死ぬか、馬鹿になるか、と思われたそうであるが、幸いに死なずにすんでその代り少し馬鹿になったために、力に合わぬ物理学などに志して生涯恥をかくようになったのかもしれない。とにかく命を助かったのはこの岡村先・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・ 例えばある家庭で、同じ疫痢のために二人の女の児を引続いて失ったとする。そして死んだ年齢が二人ともに四歳で月までもほぼ同じであり、その上に死んだ時季が同じように夏始めのある月であったとしたら、どうであろう。この場合にはもはや偶然あるいは・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
出典:青空文庫