・・・ 私は自分の娘が監獄にはいったからといって、救援会にノコ/\やってくるのが何だかずるいような気がしてならないのですが…… 娘は二三ヵ月も家にいないかと思っていると、よく所かつの警察から電話がかゝってきました。お前の娘を引きとるの・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・ お君は監獄の中にいる夫に、赤ん坊を見せてやるために、久し振りで面会に出掛けて行った。夫の顔は少し白くなっていたが大変元気だった。お君の首になったのを聞くと、編笠をテーブルに叩きつけて怒った。それでも胸につけてある番号のきれをいじりなが・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりでは無い。その男の面会に来ぬようにして貰った。それから色色な秘密らしい口供を・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・自分なんて、とても監獄に入れないな、と可笑しいことを、ふと思う。監獄どころか、女中さんにもなれない。奥さんにもなれない。いや、奥さんの場合は、ちがうんだ。この人のために一生つくすのだ、とちゃんと覚悟がきまったら、どんなに苦しくとも、真黒にな・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・それから醒覚したのは、監獄の部屋の中であった。夜である。おれの傍には卓があって、その上に襟の包みが載っている。 明日はおれは処刑を受ける。おれはヨオロッパのために死ぬる。ヨオロッパの平和のために死ぬる。国家の行政のために死ぬる。文化のた・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 拳闘場の鉄梯子道の岐路でこの二人が出会っての対話の場面と、最後に監獄の鉄檻の中で死刑直前に同じ二人が話をする場面との照応にはちょっとしたおもしろみがある。 ゲーブルの役の博徒の親分が二人も人を殺すのにそれが観客にはそれほどに悪逆無・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ 公園と監獄、すなわち、今の刑務所との境界に、昔は濠があった。そこには蒲や菱が叢生し、そうしてわれわれが「蝶々蜻蛉」と名付けていた珍しい蜻蛉が沢山に飛んでいた。このとんぼはその当時でも他処ではあまり見たことがなく、その後他国ではどこでも・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・見返る門柳監獄の壁にかくれて流れる水に漣れんい動く。韋駄天を叱する勢いよく松が端に馳け付くれば旅立つ人見送る人人足船頭ののゝしる声々。車の音。端艇涯をはなるれば水棹のしずく屋根板にはら/\と音する。舷のすれあう音ようやく止んで船は中流に出で・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・死減一等の連中を地方監獄に送る途中警護の仰山さ、始終短銃を囚徒の頭に差つけるなぞ、――その恐がりようもあまりひどいではないか。幸徳らはさぞ笑っているであろう。何十万の陸軍、何万トンの海軍、幾万の警察力を擁する堂々たる明治政府を以てして、数う・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・告訴を受ければ太十は監獄署の門をくぐらねばならぬと思って居る。彼はどれ程警察署や監獄署に恐怖の念を懐いたろう。彼はそれからげっそり窶れて唯とぼとぼとした。事件は内済にするには彼の負担としては過大な治療金を払わねばならぬ。姻戚のものとも諮って・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫