・・・、自分の性格とは容れにくいほどに矛盾な乱雑な空虚にして安っぽいいわゆる新時代の世態が、周囲の過渡層の底からしだいしだいに浮き上って、自分をその中心に陥落せしめねばやまぬ勢を得つつ進むのを、日ごと眼前に目撃しながら、それを別世界に起る風馬牛の・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・その結果は現に吾々が生息している社会の実況を目撃すればすぐ分ります。活力節約の方から云えばできるだけ労働を少なくしてなるべくわずかな時間に多くの働きをしようしようと工夫する。その工夫が積り積って汽車汽船はもちろん電信電話自動車大変なものにな・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・自分は三重吉が五円札をたしかにこの紙入の底へ押し込んだのを目撃した。 かようにして金はたしかに三重吉の手に落ちた。しかし鳥と籠とは容易にやって来ない。 そのうち秋が小春になった。三重吉はたびたび来る。よく女の話などをして帰って行く。・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・ゆえに富貴は貧賤の情実を知り、貧賤は富貴の挙動を目撃し、上下混同、情意相通じ、文化を下流の人に及ぼすべし。その得、四なり。一、文学はその興廃を国政とともにすべきものにあらず。百年以来、仏蘭西にて騒乱しきりに起り、政治しばしば革るといえど・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・一、維新の頃より今日に至るまで、諸藩の有様は現に今人の目撃するところにして、これを記すはほとんど無益なるに似たれども、光陰矢のごとく、今より五十年を過ぎ、顧て明治前後日本の藩情如何を詮索せんと欲するも、茫乎としてこれを求るに難きものある・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・この家の内に養われてこの事情を目撃する子供にして、果たして何らの習慣を成すべきや。家内安全を保護する道徳の教えも、貴重は則ち貴重なれども、更に貴重なる公務には叶わぬものなりとて、既に公務に対して卑屈の習慣を養成し、次いで年齢に及びて人間社会・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・新聞関係の人々は、各方面を広汎に、戦時中の社会生活の現実を目撃し、理性ある人間であるからには、それを批評せずにはいられなかった。しかし、その声は完く封じられていた。 今日、こういう過程を経た新聞人の進歩的な要素が、わたしたち人民の、ひろ・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・若い女のひとたちも日夜そういうものを目撃し、その気風にふれ、しかもその荒っぽさに心づかなくなって来るようなことがあれば、どこからほんとの美感としての簡素さというような健やかな潤いを見出して来るだろうか。今こそ私たちは人間の成長という方向で、・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・ロンドンの東と西にある階級のちがい、生活のちがいが、同じイギリス人とよばれる人々の人生をはっきり二分していて、まったく別のものにしている現実をまざまざと目撃して、わたしは深いショックをうけた。ジャック・ロンドンが「奈落の人々」というルポルタ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・便便として為すところなき梶自身の無力さに対する嫌悪や、栖方の世界に刃向う敵意や、殺人機の製造を目撃する淋しさや、勝利への予想に興奮する疲労や、――いや、見ないに越したことはない、と梶は思った。そして、栖方の云うままには動けぬ自分の嫉妬が淋し・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫