・・・ 仁右衛門は眼路のかぎりに見える小作小屋の幾軒かを眺めやって糞でも喰えと思った。未来の夢がはっきりと頭に浮んだ。三年経った後には彼れは農場一の大小作だった。五年の後には小さいながら一箇の独立した農民だった。十年目にはかなり広い農場を譲り・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・その海岸は眼路もはるかなといっていいほど砂丘が広々と波打っていた。よく牛が紐のような尻尾で背のあぶを追いながら草を食っていた。彼はそこ以外ではいけないと思った。彼はそこでのことをいろいろに想像した。 龍介は他にお客がなかったとき恵子に「・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・その眼路のはるかつきるまで、咽喉のひりつくような白くかわいた道がつづいていた。 徳永直 「白い道」
・・・古寺雨風まじり雨ふる寺の犬ふせぎしぶきのぬれにうつるみあかし寒灯ともすれば沈灯火かきかきて苧をうむ窓に霰うつ声砂月涼そとの浜千さとの目路に塵をなみすずしさ広き砂上の月・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・今ここに提出されているいくつかの問題を、事実上私たちの発意と、集結された民主力とで、一歩ずつ解決に押しすすめてゆく、その一足が、私たちの眼路はるかに、広々とした民主日本、封建から解かれ、美しく頭をもたげた日本女性の立ち姿を予約しているのであ・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ 舗道に人通りがぐっと殖え、遙か迄見とおしのきいていた街路の目路がぼやけて来た。 空気の裡には交響楽のクレッセンドウのように都会の騒音が高まる。遽しく鳴らす電車のベルの音が、次第に濃くなる夕闇に閉じ罩められたように響き出すと、私の歩・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ 勿論、神経は、そこに未だ沢山の葉が房々と空を画っていることも、幹は太く、暗緑色に眼路に聳えていることも、視ている。然し、心は、その物質を越えて普遍な空気の魅力を直覚する。私は流れる気流とともにある。春のように、個々の樹の根から萌え出る・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・今年の夏、医者通いをして久しぶりにこの裏通りを通ってみれば、もと藤堂の樫の木や石倉でさえぎられていた眺望は一変して、はるばると焼けあと遠く目路がひらけた。九尺に足りないその裏通りのあちらの塀から這い出した南瓜の蔓と、こちらの塀から伸びた南瓜・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ 目の下を流れて行く川が、やがて、うねりうねって、向うのずうっと向うに見えるもっと大きい河に流れ込むのから、目路も遙かな往還に、茄子の馬よりもっと小っちゃこい駄馬を引いた胡麻粒ぐらいの人が、平べったくヨチヨチ動いているのまで、一目で見わ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫