・・・ その手紙を見るなり、おれは、こともあろうに損害賠償とはなんだ、折角これまで尽して来てやったのに……と、直ぐ呶鳴り込んでやろうと思ったが、莫迦莫迦しいから、よした。実際、腹が立つというより、おかしかったのだ。五十円とはどこから割り出した・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・一寸手を延すだけの世話で、直ぐ埒が明く。皆打切らなかったと見えて、弾丸も其処に沢山転がっている。 さア、死ぬか――待ってみるか? 何を? 助かるのを? 死ぬのを? 敵が来て傷を負ったおれの足の皮剥に懸るを待ってみるのか? それよりも寧そ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・如何なる処分を受けても苦しくないと云う貴方の証書通り、私の方では直ぐにも実行しますから」 何一つ道具らしい道具の無い殺風景な室の中をじろ/\気味悪るく視廻しながら、三百は斯う呶鳴り続けた。彼は、「まあ/\、それでは十日の晩には屹度引払う・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 耳の敏い事は驚く程で、手紙や号外のはいった音は直ぐ聞きつけて取って呉れとか、広告がはいってもソレ手紙と云う調子です。兎に角お友達から来る手紙を待ちに待った様子で有りました。こんな訳で、内証言は一つも言えませんから、私は医師の宅まで出か・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・またある一人は「君はどこに住んでも直ぐその部屋を陰鬱にしてしまうんだな」と言った。 いつも紅茶の滓が溜っているピクニック用の湯沸器。帙と離ればなれに転っている本の類。紙切れ。そしてそんなものを押しわけて敷かれている蒲団。喬はそんなな・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ 或日自分は何時のように滑川の辺まで散歩して、さて砂山に登ると、思の外、北風が身に沁ので直ぐ麓に下て其処ら日あたりの可い所、身体を伸して楽に書の読めそうな所と四辺を見廻わしたが、思うようなところがないので、彼方此方と探し歩いた、すると一・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ ある者は戦場から直ぐ、ある者は繃帯所から、ある者は担架で病院までやってきて、而も、病院の入口で見込がないことを云い渡されて林へ運ばれて行った。中には、まだぬくい血が傷口から流れ出ている者があった。自分たちが、負傷から意識を失った、若し・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・そうして毎日出て本所から直ぐ鼻の先の大川の永代の上あたりで以て釣っていては興も尽きるわけですから、話中の人は、川の脈釣でなく海の竿釣をたのしみました。竿釣にも色ありまして、明治の末頃はハタキなんぞという釣もありました。これは舟の上に立ってい・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・と言って来た、如何に絶望しつらんと思った老いたる母さえ直ぐに「斯る成行に就ては、兼て覚悟がないでもないから驚かない、私のことは心配するな」と言って来た。 死刑! 私には洵とに自然の成行である。これで可いのである、兼ての覚悟あるべき筈であ・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 然し母親は直ぐその名を忘れてしまった。そしてトウトウ覚えられなかった。―― 小さい時から仲のよかったお安は、この秋には何とか金の仕度をして、東京の監獄にいる兄に面会に行きたがった。母と娘はそれを楽しみに働くことにした。健吉からは時・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
出典:青空文庫