・・・如丹は静かに笑い笑い、話の相槌を打っていた。その内に我々はいつのまにか、河岸の取つきへ来てしまった。このまま河岸を出抜けるのはみんな妙に物足りなかった。するとそこに洋食屋が一軒、片側を照らした月明りに白い暖簾を垂らしていた。この店の噂は保吉・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・ 粟野さんは常談とも真面目ともつかずに、こう煮え切らない相槌を打った。 道の両側はいつのまにか、ごみごみした町家に変っている。塵埃りにまみれた飾り窓と広告の剥げた電柱と、――市と云う名前はついていても、都会らしい色彩はどこにも見えな・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・と、お袋は相槌を打って、「そのことはこの子からも聴きましたが、先生が何でもお世話してくださることで、またこの子の名をあげることであるなら、私どもには不承知なわけはございません」「お父さんの考えはどうでしょう?」「私どものは、なアに、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・お清は勿論、真蔵も引出されて相槌を打って聞かなければならない。礼ちゃんが新橋の勧工場で大きな人形を強請って困らしたの、電車の中に泥酔者が居て衆人を苦しめたの、真蔵に向て細君が、所天は寒むがり坊だから大徳で上等飛切の舶来のシャツを買って来たの・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・一人が何か独言を言えば、今一人がそれに相槌を打った。「熊吉はどうした。熊吉は居ないか」「居る」「いや、居ない」「いや、居る」「あいつも化物かも知れんぞ」「化物とは言ってくれた」「姉の気も知らないで、人を馬鹿にして・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ろくに見もせず、相槌を打つ。「やっぱり梅は、紅梅よりもこんな白梅のほうがいいようですね。」「いいものだ。」すたすた行き過ぎようとなさる。私は追いかけて、「先生、花はおきらいですか。」「たいへん好きだ。」 けれども、私は看・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ と奥さまは、いそいで相槌を打ち、「そう思いますわ。本当に、私なんか、皆さんにくらべて仕合せすぎると思っていますの。」「そうですとも、そうですとも。こんど僕の友人を連れて来ますからね、みんなまあ、これは不幸な仲間なんですからね、・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・熊本君は、私たち二人に更に大いに喧嘩させて、それを傍で分別顔して聞きながら双方に等分に相槌を打つという、あの、たまらぬ楽しみを味わうつもりでいるらしかった。佐伯は逸早く、熊本君の、そのずるい期待を見破った様子で、「君は、もう帰ったらどう・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 自分の気持を殺して、人につとめることは、きっといいことに違いないんだけれど、これからさき、毎日、今井田御夫婦みたいな人たちに無理に笑いかけたり、相槌うたなければならないのだったら、私は、気ちがいになるかも知れない。自分なんて、とても監・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・、例えば正三角形の各頂点の位置にあるものだと思われるが、(△の如き位置に、各々外を向いて坐っていたのでは話にもならないが、各々内側に向い合って腰を掛け、作者は語り、読者は聞き、評者は、或いは作者の話に相槌を打ち、或いは不審を訊この頃、馬鹿教・・・ 太宰治 「如是我聞」
出典:青空文庫