・・・彼はすぐに立ち上ると、真鍮の手すりに手を触れながら、どしどし梯子を下りて行った。 まっすぐに梯子を下りた所が、ぎっしり右左の棚の上に、メリヤス類のボオル箱を並べた、手広い店になっている。――その店先の雨明りの中に、パナマ帽をかぶった賢造・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・そのまた彼の頭の上には真鍮の油壺の吊りランプが一つ、いつも円い影を落していた。…… 二 彼は本郷の叔父さんの家から僕と同じ本所の第三中学校へ通っていた。彼が叔父さんの家にいたのは両親のいなかったためである。両親・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・金無垢ならばこそ、貰うんだ。真鍮の駄六を拝領に出る奴がどこにある。」「だが、そいつは少し恐れだて。」了哲はきれいに剃った頭を一つたたいて恐縮したような身ぶりをした。「手前が貰わざ、己が貰う。いいか、あとで羨しがるなよ。」 河・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・少女は自働車のまん中にある真鍮の柱につかまったまま、両側の席を見まわした。が、生憎どちら側にも空いている席は一つもない。「お嬢さん。ここへおかけなさい。」 宣教師は太い腰を起した。言葉はいかにも手に入った、心もち鼻へかかる日本語であ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ と返事は強いないので、七兵衛はずいと立って、七輪の前へ来ると、蹲んで、力なげに一服吸って三服目をはたいた、駄六張の真鍮の煙管の雁首をかえして、突いて火を寄せて、二ツ提の煙草入にコツンと指し、手拭と一所にぐいと三尺に挟んで立上り、つかつ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 中二階といってもただ段の数二ツ、一段低い処にお幾という婆さんが、塩煎餅の壺と、駄菓子の箱と熟柿の笊を横に控え、角火鉢の大いのに、真鍮の薬罐から湯気を立たせたのを前に置き、煤けた棚の上に古ぼけた麦酒の瓶、心太の皿などを乱雑に並べたのを背・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・私と向い合うと、立掛けてあった鉄砲――あれは何とかいう猟銃さ――それを縦に取って、真鍮の蓋を、コツコツ開けたり、はめたりする。長い髪の毛を一振振りながら、ニヤリと笑って、と云ってね。袋から、血だらけな頬白を、――そういって、今度は銃を横へ向・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ と目通りで、真鍮の壺をコツコツと叩く指が、掌掛けて、油煙で真黒。 頭髪を長くして、きちんと分けて、額にふらふらと捌いた、女難なきにしもあらずなのが、渡世となれば是非も無い。「石油が待てしばしもなく、※じゃござりません。唯今、鼻・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ この縁の突当りに、上敷を板に敷込んだ、後架があって、機械口の水も爽だったのに、その暗紛れに、教授が入った時は一滴の手水も出なかったので、小春に言うと、電話までもなく、帳場へ急いで、しばらくして、真鍮の水さしを持って来て言うのには、手水・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 光治は、その笛をもらって手に取ってみますと、竹に真鍮の環がはまっている粗末な笛に思われました。けれど、それをいただいて、なおもこの不思議なじいさんを見上げていますと、「さあ、私はゆく……またいつか、おまえにあうことがあるだろう。」・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
出典:青空文庫