・・・聡明な眼識を持っていたがやはり江戸作者の系統を引いてシャレや小唄の粋を拾って練りに練り上げた文章上の「穿ち」を得意とし、世間に通用しない「独りよがり」が世間に認められないのを不満としつつも、誰にも理解されないのをかえって得意がる気味があった・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・しかし、審査の重責に在る者は、あまりに消極的な考えから、ひたすらに欠点の見落しを惧れるよりも、更に一層長所と美点に対する眼識の不足を恥ずべきではないかと思われるのである。 学位売買事件や学位濫授問題が新聞雑誌の商売の種にされて持て囃され・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・それぞれのエキスパートが品物の産地を言い当てるように、この男にはやはり特別な眼識が備わっているのかと思われた。そう言われるとなるほどなんとなく小石川らしくも思われない事はなかった。 田端へ着くともういよいよ日が入りかけた。夕日に染められ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ 花袋君がカッツェンステッヒに心酔せられた時分、同書を独歩君に見せたら、拵らえものじゃないかと云って通読しなかったと云って、痛く独歩君の眼識に敬服しておられる。花袋君が独歩君に敬服せらるると云う意味を漱石が独歩君に敬服すると云う意味に解・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
・・・これだけの眼識のないものが人間を写そうと企てるのは、あたかも色盲が絵をかこうと発心するようなものでとうてい成功はしないのであります。画を専門になさる、あなた方の方から云うと、同じ白色を出すのに白紙の白さと、食卓布の白さを区別するくらいな視覚・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫