・・・ 女は涙を呑みながら、くるりと神父に背を向けたと思うと、毒風を避ける人のようにさっさと堂外へ去ってしまった。瞠目した神父を残したまま。……… 芥川竜之介 「おしの」
・・・以上の推論の結着として、横光氏は、人間活動の真に迫れば迫るほどそれは実に瞠目的に大通俗であり、それを描きぬけば通俗でなくなる、「純文学にして通俗小説」たらんとする純粋小説の主張が、成立てられたのであった。 興味ある点は、横光氏が人間の全・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・としてこの一巻をまとめることを念願したとあとがきに書かれているが、批評及び文芸思潮史の方法として、ここに示されている数歩は、日々があわただしくて人々の視線も上ずっているような今日の世相のなかで、決して瞠目的な形ではあり得まいが、しかし、文学・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・ 昔アインシュタインが日本へ来たとき、民衆の歓迎ぶりを瞠目して、自分がこのような歓迎をうけるのは、日本の国民全体がそんなに物理学の原理へ興味を抱いていることなのかどうかと、深いおどろきと疑問に陥った感想を語っていた。これも意味ふかく、折・・・ 宮本百合子 「市民の生活と科学」
・・・十九世紀のフランスの文学者の或る人々は、当時の科学的研究の発展進歩に瞠目して、自然現象に対する科学の方法をそっくり人間社会の描出にあてはめようとして、人間的現実と文学作品との間から、最大の可能まで作家の存在を消そうという努力を試みたことがあ・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・秀作も駄作も大きさで先ず観衆を瞠目せしめる風であった。今年は、それがいずれも余り大きい作品がなくなって来ている。大家連が筆頭で小品風なものを、小品風な筆致で描いて、その範囲での貫録を示すかのように新進の画家たちとは別にまとめて一室に飾られて・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・抑圧されていた日本文化の急進性はこんなにも豊富であったのか、と一夜に開いた花園の絢爛さに瞠目するよりは、むしろ、反対の印象があるように思える。例えば、余り体力の強壮でない中学の中級生たちが、急に広場に出されて、一定の高さにあげられた民主主義・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・ プロレタリア文学の擡頭は、日本の文学に新しい局面を開き、新たな芸術の価値と質的展開の可能を示したのであったが、一九三二年以後の日本の社会事情は、最も瞠目的な方法と過程で、その退潮を余儀なくさせた。作家として、自己の帰趨に迷ったブル・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・も、ロンドンに行って後、非常に鮮明に、日本の文化的伝統とヨーロッパの文化的伝統との相異を、その社会的歴史の背景の前に認めた芸術家の一人であったが、それは、漱石にあっては、当時の日本の文学的水準にとって瞠目的な価値をもっていたイギリスの十八世・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・他の人が絵にも歌にもしていない色彩のとり合せや、日常瑣事の風情に眼をつけていて、色彩の感覚などは今日の洋画の色感でさえ瞠目させられるようなものもある。 清少納言はそういう人であったけれども、人間のいきさつのことに関しては案外にもろく当時・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
出典:青空文庫