・・・もしまた破戒せば「いんへるの」とて、衆苦充満の地獄に堕し、毒寒毒熱の苦難を与うべしとの義なりしに、造られ奉って未だ一刻をも経ざるに、即ち無量の安助の中に「るしへる」と云える安助、己が善に誇って我は是 DS なり、我を拝せよと勧めしに、かの無・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・見っともないだけならまだしもだが、何だか破戒僧のような面相になってしまうのである。この弱点を救うには、髪の毛を耳のあたりまで房々と垂れるより仕方がない。そう思案した私は、実をいえば中学生の頃から髪の毛を伸ばしたかったのである。 しかし中・・・ 織田作之助 「髪」
・・・しかし、日露戦争の勃発当時にあって、長編「破戒」の稿を起すにあたって、従軍したつもりで作品に力を打ちこむと云われたと伝えられる。この一事にも、おのずから戦争に対する態度と心持が伺われるような気がする。 このほか、徳田秋声、広津柳浪、小栗・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・自分で勝手に、自分に約束して、いまさら、それを破れず、東京へ飛んで帰りたくても、何かそれは破戒のような気がして、峠のうえで、途方に暮れた。甲府へ降りようと思った。甲府なら、東京よりも温いほどで、この冬も大丈夫すごせると思った。 甲府へ降・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・『破戒』は絶版で古本をさがします。近々シンクレアの『ジャングル』を入れます。 九月十三日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より〕 第十二信 九月十三日 日曜日午後 ああ、あしたは日曜日であると思う。そして、今朝、起きると・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・例えば島崎藤村の「破戒」という作品。あの作品が書かれたのは年表によって見ると日露戦争の時分であった。その頃は今日に比べると戦争と文学との関係が、一般に非常に素朴に考えられていた為に、戦争に熱した人々の心に小説の永続的な価値は考えられず、「破・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
作家が時代をどう感じ、どう意識してゆくかということは、文学の現実としてきわめて複雑なことだと思う。 たとえば、藤村が「破戒」を書いた前後の事情を考えても、作家と時代の見かたというものは決して単純な関係でないことを考えさ・・・ 宮本百合子 「作家と時代意識」
・・・一月も六日といえば、選挙闘争に本腰がはいって、その日の紙面もトップに田中候補が信州上田で藤村の「破戒に学ぼう」と闘っているニュースをのせ、四日には「新春いろどる新入党」と作家・芸能人の入党記事はなやかだった。すべての記事が選挙闘争めざしてプ・・・ 宮本百合子 「事実にたって」
・・・ 小説家としての藤村は明治三十八年脱稿された「破戒」によって、立派な出発をした。「春」「家」「桜の実の熟する時」「新生」「嵐」、それらの間に「新片町より」「後の新片町より」「春を待ちつゝ」等の感想集をもち、十二巻の全集が既に上梓された。・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
出典:青空文庫