・・・ 平胡坐でちょっと磁石さ見さしつけえ、此家の兄哥が、奴、汝漕げ、といわしったから、何の気もつかねえで、船で達者なのは、おらばかりだ、おっとまかせ。」と、奴は顱巻の輪を大きく腕いっぱいに占める真似して、「いきなり艫へ飛んで出ると、船が・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・渠はその壮時において加賀の銭屋内閣が海軍の雄将として、北海の全権を掌握したりし磁石の又五郎なりけり。 泉鏡花 「取舵」
・・・がタダ者ならず見えたので、イツモは十日も二十日も捨置くのを、何となく気に掛ってその晩、ドウセ物にはなるまいと内心馬鹿にしながらも二、三枚めくると、ノッケから読者を旋風に巻込むような奇想天来に有繋の翁も磁石に吸寄せられる鉄のように喰入って巻を・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・それは時間中に、砂場で採取してきた砂鉄を紙の上にのせて、磁石で紙の裏を摩擦しながら、砂をぴょんぴょんとおどらせていたのを、先生に見つかったからです。もし、このことを秀ちゃんが、お姉さんに話したら、お姉さんが、家じゅうの人に話して、たいへんだ・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・ 例えば、ちょっと腕を伸ばせば、娘の体は磁石のように吸い寄せられて来るのだ。それを拒もうとする羞恥心よりも、何かにすがりつきたいという本能の方が強いというのが、女の本性であることを、小沢は知っていた。 好奇心は女の方が強いのだ。しか・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・というものが、いつのまにやら十人以上もまつわりついて、そうかと言って、別に井伏さんに話があるわけでも無いようで、ただ、磁石に引き寄せられる釘みたいに、ぞろぞろついて来るのである。いま思えば、その釘の中には、後年の流行作家も沢山いたようである・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・しかし眼それ自身は磁石のように牽き付ける眼である。それは夢を見る人の眼であって、冷たい打算的なアカデミックな眼でない、普通の視覚の奥に隠れたあるものを見透す詩人創造者の眼である。眼の中には異様な光がある。どうしても自分の心の内部に生活してい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 磁石に感ぜぬ鉄の合金 一に一を加えて二になるのは当り前だが、白い物と白い物を合せれば必ずしも白くなると限らぬ。合金などの性質も一般にその組成金属の性質から推して知られぬ妙な事がある。例えば普通金属中で最も磁石に感・・・ 寺田寅彦 「話の種」
・・・上層の風は西から東へ流れているらしく、それが地形の影響を受けて上方に吹きあがる所には雲ができてそこに固定しへばりついているらしかった。磁石とコンパスでこれらの雲のおおよその方角と高度を測って、そして雲の高さを仮定して算出したその位置を地図の・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・と命名した球形の電磁石がつり下がっており、他の一方には陰極が插入されていて、そこから強力な陰極線が発射されると、その一道の電子の流れは球形磁石の磁場のためにその経路を彎曲され、球の磁極に近い数点に集注してそこに螢光を発する。その実験装置のそ・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
出典:青空文庫