・・・いや、こりゃ失礼。禁句禁句金看板の甚九郎だっけ。――お蓮さん。一つ、献じましょう。」 田宮は色を変えた牧野に、ちらりと顔を睨まれると、てれ隠しにお蓮へ盃をさした。しかしお蓮は無気味なほど、じっと彼を見つめたぎり、手も出そうとはしなかった・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 通り一遍の客ではなく、梅水の馴染で、昔からの贔屓連が、六七十人、多い時は百人に余る大一座で、すき焼で、心置かず隔てのない月並の会……というと、俳人には禁句らしいが、そこらは凡杯で悟っているから、一向に頓着しない。先輩、また友達に誘われ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・その家人と共に一家に眠食して団欒たる最中にも、時として禁句に触れらるることあれば、その時の不愉快は譬えんに物なし。無心の小児が父を共にして母を異にするの理由を問い、隣家には父母二人に限りて吾が家に一父二、三母あるは如何などと、不審を起こして・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫