・・・ あの時代の文壇の状況と、その交って来たいろ/\の人々について、私は、いつか書いて見たいと思っているが、それはもっと私という人間が、冷静になって、私情で物を言わなくなった時でなければ、言うものでないと思っています。 さて、その当時、・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・といって、ほかの者ではその作家の顔は判らない。私情で雑誌の発行を遅らせては済まないと、寺田はやはり律義者らしくいやいや競馬場へ出掛けた。ちょうど一競走終ったところらしく、スタンドからぞろぞろと引き揚げて来る群衆の顔を、この中に一代の男がいる・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ 審査委員が如何に私情ないしは私利のためにもせよ、学位授与の価値の全然ないような低能な著者の、全然無価値かあるいは間違った論文に及第点をつけることが出来ると想像する人があれば、それは学術的論文というものの本質に関する知識の全く欠如してい・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・この一段にいたりては、政府の人においても、学者の仲間においても、いやしくも愛国の念あらん者なれば、私情をさりてこれを考え、心の底にこれを愉快なりと思う者はなかるべし。 なおこれよりも禍の大なるものあり。前すでにいえる如く、我が国内の人心・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ すべてこれ人間の私情に生じたることにして天然の公道にあらずといえども、開闢以来今日に至るまで世界中の事相を観るに、各種の人民相分れて一群を成し、その一群中に言語文字を共にし、歴史口碑を共にし、婚姻相通じ、交際相親しみ、飲食衣服の物、す・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・その内にひそむ虚偽、不公平、私情などに対して正義の情熱の燃え上がるのを禁じ得なかった。これは先生として当然な事である。「博士」は多くの場合に対世間的な根の浅い名声の案山子である。博士であると否とにかかわらず学者の価値はその仕事の価値によって・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫