・・・日本にもあるような秋草が咲いていたり、踏切番の小屋に菊が咲いていたり、路傍のマリヤのみ堂に花が供えてあるのも見ました。シャモニの町へはいるころには、もう日が暮れかかって、まっかな夕日がブゾンの氷河の頂を染めた時は実にきれいでした。村の町には・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・その前は一面の秋草原。芒の蓬々たるあれば萩の道に溢れんとする、さては芙蓉の白き紅なる、紫苑、女郎花、藤袴、釣鐘花、虎の尾、鶏頭、鳳仙花、水引の花さま/″\に咲き乱れて、径その間に通じ、道傍に何々塚の立つなどあり。中に細長き池あり。荷葉半ば枯・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・ その次に引用された十首は春秋の草花に対して自分の病の悲しみを詠じたものであるが、これには異種の植物名が八つとほかに「秋草花」という言葉が現われ、「春」の字が三、「秋」が二、そうして十首のおのおのにいろいろな形で病者の感慨が詠み込まれて・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・梅の樹、碧梧の梢が枝ばかりになり、芙蓉や萩や頭や、秋草の茂りはすっかり枯れ萎れてしまったので、庭中はパッと明く日が一ぱいに当って居て、嘗て、小蛇蟲けらを焼殺した埋井戸のあたりまで、又恐しい崖下の真黒な杉の木立の頂きまでが、枯れた梢の間から見・・・ 永井荷風 「狐」
・・・所々に秋草の花が咲き、赫土の肌が光り、伐られた樹木が横たわっていた。私は空に浮んだ雲を見ながら、この地方の山中に伝説している、古い口碑のことを考えていた。概して文化の程度が低く、原始民族のタブーと迷信に包まれているこの地方には、実際色々な伝・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・黙語氏が一昨年出立の前に秋草の水画の額を一面餞別に持て来てこまごまと別れを叙した時には、自分は再度黙語氏に逢う事が出来るとは夢にも思わなかったのである。○去年の夏以来病勢が頓と進んで来て、家内の者は一刻も自分の側を離れる事が出来ぬように・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・然し、人気なく木立に蝉の声が頻りな中に、お成座敷の古い茅屋根の軒下に繁る秋草などを眺めると、或る落付きがある。私共は座敷にある俳句を読んだりした。「どうです? 一句――」 呑気に俳句の話が弾んだ。「百日紅というのだけは浮んだんで・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ ○カンシャクを起すと、子供のように戸障子をゆする。 十月の百花園で見たもの 清浦の馬面、ノビリティーナシ 写真 │ 黄蜀葵を一輪とって手に持つ。 秋草。清浦ととりまきの陣笠 婆芸者「百・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
紫苑が咲き乱れている。 小逕の方へ日傘をさしかけ人目を遮りながら、若い女が雁来紅を根気よく写生していた。十月の日光が、乾いた木の葉と秋草の香を仄かにまきちらす。土は黒くつめたい。百花園の床几。 大東屋の彼方の端・・・ 宮本百合子 「百花園」
出典:青空文庫