・・・そいつを整理し、統一して、行為に移すのには、僕は、やっぱり教養が、必要だと思う。叡智が必要だと思う。山中の湖水のように冷く曇りない一点の叡智が必要だと思う。あのひとには、それがないから、いつも行為がめちゃめちゃだ。たとえば、君のような男にみ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・では僧の姿が猿引きの猿にオーバーラップ的に推移するのである。 映画で、まず群集を現わし、次にカメラを近づけてその中のヒーローを抽出し、クローズアップに映出して「紹介」する。連句でもたとえば、「入りごみに諏訪の涌湯の夕まぐれ」「中にもせい・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・現時園内に在る建築物は帝室博物館と動物園との二所を除いて、其他のものは諸学校の校舎と共に悉く之を園外の地に移すべく、又谷中一帯の地を公園に編入し、旧来の寺院墓地は之を存置し、市民の居宅を取払ったならば稍規模の大なる公園となす事ができるであろ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・池の方に眼を向けたまま音ある方へ徐ろに歩を移す。ぼろぼろと崩るる苔の皮の、厚く柔らかなれば、あるく時も、坐れる時の如く林の中は森として静かである。足音に我が動くを知るものの、音なければ動く事を忘るるか、ウィリアムは歩むとは思わず只ふらふらと・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 何十年も、殆んど毎日のように、導火線に火を移す彼等であっても、その合図を待つ時には緊張しない訳には行かなかった。「恐ろしいもんだ。俺なんざあ、三十年も銅や岩ばっかり噛って来たが、それでも歯が一本も欠けねえ」「岩は、俺たちの米の・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・家を移すに豆腐屋と酒屋の遠近をば念を入れて吟味し、あるいは近来の流行にて空気の良否など少しく詮索する様子なれども、肺に呼吸する空気を論ずるを知りて、子供の心に呼吸する風俗の空気を論ずる者あるを聞かず。世の中には宗旨を信心して未来を祈る者あり・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・須らく原文の音調を呑み込んで、それを移すようにせねばならぬと、こう自分は信じたので、コンマ、ピリオドの一つをも濫りに棄てず、原文にコンマが三つ、ピリオドが一つあれば、訳文にも亦ピリオドが一つ、コンマが三つという風にして、原文の調子を移そうと・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・日本信者の形容を以てすれば一つの壺の水を他の一つの壺に移すが如くに肉食を継承しているのである。次にまた仏教の創設者釈迦牟尼を見よ。釈迦は出離の道を求めんが為に檀特山と名くる林中に於て六年精進苦行した。一日米の実一粒亜麻の実一粒を食したのであ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・キュリー夫人は貴重な一グラムを、安全なボルドー市へ移すことにきめた。一グラムのラジウムとは、鉛の被蓋の中で細い管が幾つもたえず光っている一つの大変に重い箱である。黒いアルパカの外套を着て、古びて形のくずれた丸い柔い旅行帽をかぶったマリアは、・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・戦争については、吉日を選び、方角を考えて時日を移すというような、迷信からの脱却を重大な心掛けとして説いている。その他正直者の重用を説き、理非を絶対に曲げてはならないこと、断乎たる処分も結局は慈悲の殺生であることなどを力説しているのも、目につ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫