・・・それが凡児の鼻の先に広げられているのに気がつかず、いつものようにのんきに出勤して見ると、事務室はがら明きで、ただ一人やま子がいる。そこへ人夫が机や椅子を運び出しに来る。 ここらの呼吸はたいそういい。しかし、おかしいことには、これと同日同・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・H町で乗った電車はほとんどがら明きのように空いていた。五十銭札を出して往復を二枚買った。そしてパンチを入れた分を割き取って左手の指先でつまんだままで乗って行った。乗って行くうちに、その朝やりかけていた仕事のつづきを考えはじめて、頭の中はやが・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・水泳などに行って友だちや先輩の背中に妙な斑紋が規則正しく並んでいて、どうかするとその内の一つ二つの瘡蓋がはがれて大きな穴が明き、中から血膿が顔を出しているのを見て気味の悪い思いをした記憶がある。見るだけで自分の背中がむずむずするようであった・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・あるいはまた大概の学校は周囲が広い明き地に囲まれているために風当たりが強く、その上に二階建てであるためにいっそういけないという解釈もある。いずれもほんとうかもしれない。しかしいずれにしても、今度のような烈風の可能性を知らなかったあるいは忘れ・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・第三のになると降りる人の降りたあとはまるでがら明きの空車になる事も決して珍しくない。 こういうすいた車が数台つづくと、それからまた五分あるいは十分ぐらいの間はしばらく車がと絶える。その間に停留所に立つ人の数はほぼ一定の統計的増加率をもっ・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・これに反してたとえば昔の漢学の先生のうちのある型の人々の頭はいわば鉄筋コンクリートでできた明き倉庫のようなものであったかもしれない。そうしてその中に集積される材料にはことごとく防火剤が施されていたもののようである。 いずれにしても無批判・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・芝生の上に置いてもとの古巣の空きがらを頭の所におっつけてやっても、もはやそれを忘れてしまったのか、はい込むだけの力がないのか、もうそれきりからだを動かさないでじっとしていた。 もう一つのを開いて見ると、それはからだの下半が干すばって舎利・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・車室の中は、青い天蚕絨を張った腰掛けが、まるでがら明きで、向うの鼠いろのワニスを塗った壁には、真鍮の大きなぼたんが二つ光っているのでした。 すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・けれども、そう云われて坐っていたということばかりは、よくよくおなかが空きでもしたと見えて、今もはっきり覚えている。 家の日々の空気が作用する そんな思い出の一方には又こんなこともある。 小学校へ入って程なく・・・ 宮本百合子 「親子一体の教育法」
・・・この間新聞に、通称ママといわれる売笑婦が焼跡の空きビルで屍体となって発見されたという記事がありました。世界には有名なゾラの小説でナナという売笑婦がありました。ミミという売笑婦もいました。ルルという女もいます。同じ字を二つ重ねた売笑婦の愛嬌の・・・ 宮本百合子 「自覚について」
出典:青空文庫