・・・ 幾人もの女中にかこまれて心配な事と云えばお花見の前の空模様ぐらい、それは、幸にくらして居る。 名も同じ年頃も同じ娘でありながらどうしてこう二人の身の上はちがうだろうと私は不思議でならない。父親がしっかりしないため、それは云わずと知・・・ 宮本百合子 「同じ娘でも」
・・・百花園の末枯れた蓮池の畔を歩いていた頃から大分空模様が怪しくなり、蝉の鳴く、秋草の戦ぐ夕焼空で夏の末らしい遠雷がしていた。帰りは白鬚から蒸気船で吾妻橋まで戻る積りで、暗い混雑した向島の堤を行った。家に帰る沢山の空馬力、自転車、労働者が照明の・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ かわりがわり本気で窓から空模様をうかがっている。黒雲は段々ひろがった。やがて若葉の裏を翻して暗く重く風が渡り、暗澹とした夕立空の前にクッキリ白い火見櫓が立ち、頂上のガラスを鈍く光らせたと思うと、パラリ、パラリ大粒なのが落ちて来た。自分・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ いよいよ立つ日には落ちては来なかったけれど泣きそうな空模様だった。 御昼飯を仕舞うとすぐ千世子は銘仙の着物に爪皮の掛った下駄を履いてせかせかした気持で新橋へ行った。 西洋洗濯から来て初めての足袋が「ほこり」でいつとはなしに茶色・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・片手に新聞を拡げたなり持ち、空模様でも見るらしくふらりと棕櫚の鉢植のところへ出て居た背広の男が、我々に近より、極く平静に――抑揚なく挨拶した。「いらっしゃい」 ホールで、我々は「一寸御飯をたべたいのだが」と云った。「どう・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 石田はどこか出ようかと思ったが、空模様が変っているので、止める気になった。暫くして座敷へ這入って、南アフリカの大きい地図をひろげて、この頃戦争が起りそうになっている Transvaal の地理を調べている。こんな風で一日は暮れた。・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫