・・・ 突飛なるは婦人乗馬講習所が出来て、若い女の入門者がかなりに輻湊した。瀟洒な洋装で肥馬に横乗りするものを其処ら中で見掛けた。更に突飛なのは、六十のお婆さんまでが牛に牽かれて善光寺詣りで娘と一緒にダンスの稽古に出掛け、お爨どんまでが夜業の・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ あなたにもそれが突飛でありましょうように、それは私にも実に突飛でした。 夜光虫が美しく光る海を前にして、K君はその不思議な謂われをぼちぼち話してくれました。 影ほど不思議なものはないとK君は言いました。君もやってみれば、必ず経・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・思えば母が三円投出したのも、親子の縁を切るなど突飛なことを怒鳴って帰ったのも皆なその心が見えすく。「直ぐ行って来る。親を盗賊に為ることは出来ない。お前心配しないで待ておいで、是非取りかえして来るから」と自分は大急ぎで仕度し、手箱から亡父・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・彼の弟が二人あって、二人とも彼の兄、逃亡した兄に似て手に合わない突飛物、一人を五郎といい、一人を荒雄という、五郎は正作が横浜の会社に出たと聞くや、国元を飛びだして、東京に来た。正作は五郎のために、所々奔走してあるいは商店に入れ、あるいは学僕・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・何にしろ与一の仕方が少し突飛だったから、それ下として上を剋する与一を撃てということになった。与一の弟の与二は大将として淀の城を攻めさせられた。剛勇ではあり、多勢ではあり、案内は熟く知っていたので、忽に淀の城を攻落し、与二は兄を一元寺で詰腹切・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・「口の悪いのは、私の親切さ。突飛な慾は起さぬがようござんす。それでは、ごめんこうむります。」まじめに言って一礼した。「お送りする。」 先生は、よろよろと立ち上った。私のほうを見て、悲しそうに微笑んで、「君、手帖に書いて置いて・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・私は頗る不勉強な大学生ではあったが、けれどもこの瀬川先生の飾らぬ御人格にはひそかに深く敬服していたところがあったので、この先生の講義にだけは努めて出席するようにしていたし、研究室にも二、三度顔を出して突飛な愚問を呈出して、先生をめんくらわせ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・女給たちは、私が金銭のために盗むのでなく、予言者らしい突飛な冗談と見てとって、かえって喝采を送るだろう。この百姓もまた、酔いどれの悪ふざけとして苦笑をもらすくらいのところであろう。盗め! 私は手をのばし、隣りのテエブルのそのウイスキイのコッ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・浅間しい神経ではあるが、私も、やはり、あまりに突飛な服装の人間には、どうしても多少の警戒心を抱いてしまうのである。服装なんか、どうでもいいものだとは、昔から一流詩人の常識になっていて、私自身も、服装に就いては何の趣味も無し、家の者の着せる物・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ これは大学時代の写真ですが、この頃になると、多少、生活苦に似たものを嘗めているので、顔の表情も、そんなに突飛では無いようですし、服装も、普通の制服制帽で、どこやら既に老い疲れている影さえ見えます。もう、この頃、私は或る女のひとと同棲を・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
出典:青空文庫