「小説修業に就いて語れ。」という出題は、私を困惑させた。就職試験を受けにいって、小学校の算術の問題を提出されて、大いに狼狽している姿と似ている。円の面積を算出する公式も、鶴亀算の応用問題の式も、甚だ心もとなくいっそ代数でやれ・・・ 太宰治 「答案落第」
・・・ 生れてはじめて算術の教科書を手にした。小型の、まっくろい表紙。ああ、なかの数字の羅列がどんなに美しく眼にしみたことか。少年は、しばらくそれをいじくっていたが、やがて、巻末のペエジにすべての解答が記されているのを発見した。少年は眉を・・・ 太宰治 「葉」
・・・溜息の音楽を奏して、日を数える算術をしたのである。 こう云うわけで、二つの出来事が落ち合った。小さい銀行員が漫遊から帰って来て珍らしがられると云うことが一つ、ポルジイ中尉が再びウィインの交際社会に現われたと云うことが一つである。そしてポ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 四 のうぜんかずら 小学時代にいちばんきらいな学科は算術であった。いつでも算術の点数が悪いので両親は心配して中学の先生を頼んで夏休み中先生の宅へ習いに行く事になった。宅から先生の所までは四五町もある。・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・自分の子供を小学校へ入れてやると、いつのまにか文字を覚える算術を覚える、六年ぐらいはまたたくまにたって、子供はいつのまにかひとかど小さい学者になっている、実にありがたいものだと思わないではいられない。ちょうどエスカレーターの最下段に押して入・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・百年の経験を十年で上滑りもせずやりとげようとするならば年限が十分一に縮まるだけわが活力は十倍に増さなければならんのは算術の初歩を心得たものさえ容易く首肯するところである。これは学問を例に御話をするのが一番早分りである。西洋の新らしい説などを・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 一所の小学校に、筆道師・句読師・算術師、各一人、助教の数は生徒の多寡にしたがって一様ならず、あるいは一人あり、あるいは三人あり。 学校、朝第八時に始り午後第四時に終る。科業は、いろは五十韻より用文章等の手習、九々の数、加減乗除、比・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・ さああまがえるどもはよろこんだのなんのって、チェッコという算術のうまいかえるなどは、もうすぐ暗算をはじめました。云いつけられるわれわれの目方は拾匁、云いつける団長のめがたは百匁、百匁割る十匁、答十。仕事は九百貫目、九百貫目掛ける十、答・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・では一年生の人はお習字のお手本と硯と紙を出して、二年生と四年生の人は算術帳と雑記帳と鉛筆を出して、五年生と六年生の人は国語の本を出してください。」 さあするとあっちでもこっちでも大さわぎがはじまりました。中にも三郎のすぐ横の四年生の机の・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・おもに算術をな。」「へい。しょう、しょう、承知いたしました。」とクねずみが答えました。 猫大将はきげんよくニャーと鳴いてするりと向こうへ行ってしまいました。 子供らが叫びました。「先生、早く算術を教えてください。先生。早く。・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
出典:青空文庫