編輯者 支那へ旅行するそうですね。南ですか? 北ですか?小説家 南から北へ周るつもりです。編輯者 準備はもう出来たのですか?小説家 大抵出来ました。ただ読む筈だった紀行や地誌なぞが、未だに読み切れないのに弱ってい・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
一 根本的用意とは何か 一概に文章といっても、その目的を異にするところから、幾多の種類を数えることが出来る。実用のための文書、書簡、報道記事等も文章であれば、自己の満足を主とする紀行文、抒情叙景文、論文等も文章である。 こゝ・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・従軍人夫」、江見水蔭の「夏服士官」「雪戦」「病死兵」、村井弦斎の「旭日桜」等を取って見るのに、恐ろしくそらぞらしい空想によってこしらえあげられて、読むに堪えない。従軍紀行文的なもの及び、戦地から帰った者の話を聞いて書いたものは、まだやゝまし・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ それは皆様がマッターホルンの征服の紀行によって御承知の通りでありますから、今私が申さなくても夙に御合点のことですが、さてその時に、その前から他の一行即ち伊太利のカレルという人の一群がやはりそこを征服しようとして、両者は自然と競争の形に・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・今月、そろそろ、牧水全集のうちの、紀行文を読みはじめていた。フィリップの「小さき町にて。」を恵与されたのは、そのころのことであった。読んでみようと思った。読了して、さらに再読しようと思った。淀野隆三の文章は、たしかに綺麗で、おっとりした気品・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・知識欲が丸でなくて、紀行文を書くなんと云うことに興味を有せない身にとっては、余り馬鹿らしい。 こう考えた末、ポルジイは今時の貴族の青年も、偉大なる恋愛のためには、いかなる犠牲をも辞せないと云うことを証明するに至った。ポルジイは始て思索を・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・いわゆる案内記の無味乾燥なのに反してすぐれた文学者の自由な紀行文やあるいは鋭い科学者のまとまらない観察記は、それがいかに狭い範囲の題材に限られていても、その中に躍動している生きた体験から流露するあるものは、直接に読者の胸にしみ込む、そしてた・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・チンダルのアルプス紀行とか、あまり有名ではないが隠れた科学者文学者バーベリオンの日記とかいうものがそうである。日本人のものでは長岡博士の「田園銷夏漫録」とか岡田博士の「測候瑣談」とか、藤原博士の「雲をつかむ話」や「気象と人生」や、最近に現わ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 中央アジアの旅行中シナの大官からごちそうになったある西洋人の紀行中の記事に、数十種を算する献立のどれもこれもみんな一様な黴のにおいで統括されていた、といったようなことを書いている。 もう一つ日本人の常食に現われた特性と思われるのは・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
マルコポロの名は二十年前に中学校の歴史で教わって以来の馴染ではあったが、その名高い「紀行」を自分で読んだのはつい近頃の事である。読んでみるとやはり面白い。尤も書いてある記事のあまり当てにならないという証拠は自分の狭い知識の・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
出典:青空文庫