・・・そして口に手拭を喰わえてそれを開くと、一寸四方ほどな何か字の書いてある紙片を摘み出して指の先きで丸めた。水を持って来さしてそれをその中へ浸した。仁右衛門はそれを赤坊に飲ませろとさし出されたが、飲ませるだけの勇気もなかった。妻は甲斐甲斐しく良・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と賽の目に切った紙片を、膝にも敷物にもぱらぱらと夜風に散らして、縞の筒袖凜々しいのを衝と張って、菜切庖丁に金剛砂の花骨牌ほどな砥を当てながら、余り仰向いては人を見ぬ、包ましやかな毛糸の襟巻、頬の細いも人柄で、大道店の息子株。 押並・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 鼻血が出たので、私は鼻の穴に紙片をつめたまま点呼を受けた。査閲の時点呼執行官は私の顔をジロリと見ただけで通り過ぎたが、随行員の中のどうやら中尉らしい副官は私の鼻を問題にした。 傍にいた分会長はこ奴は遅刻したので撲ってやりましたと言・・・ 織田作之助 「髪」
・・・その名前を私は極くごく略した字で紙片の端などへ書いて見たことがありました。そしてそれを消した上こなごなに破らずにはいられなかったことがありました。――然しOが私にからかった紙の上には Waste という字が確実に一面に並んでいます。「ど・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・のであるが、その女は自分が天理教の教会を持っているということと、そこでいろんな話をしたり祈祷をしたりするからぜひやって来てくれということを、帯の間から名刺とも言えない所番地をゴム版で刷ったみすぼらしい紙片を取り出しながら、吉田にすすめはじめ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・と、その間から、折り畳んだ紙片が、パラ/\とアンペラの上に落ちた。「うへえ!」 棚のローソクの灯の下で袋の口を切っていた一人は、突然トンキョウに叫んだ。「何だ? 何だ?」一時に、皆の注意はその方に集中した。「待て、待て!・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・それですから善女が功徳のために地蔵尊の御影を刷った小紙片を両国橋の上からハラハラと流す、それがケイズの眼球へかぶさるなどという今からは想像も出来ないような穿ちさえありました位です。 で、川のケイズ釣は川の深い処で釣る場合は手釣を引いたも・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・逝去二年後に発表のこと、と書き認められた紙片が、その蓄積された作品の上に、きちんと載せられているのである。二年後が、十年後と書き改められたり、二カ月後と書き直されたり、ときには、百年後、となっていたりするのである。次男は、二十四歳。これは、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・青扇は床の間の隅にある竹の手文庫をかきまわしていたが、やがて小さく折り畳まれてある紙片をつまんで持って来た。「こんなのを書きたいと思いまして、文献を集めているのですよ。」 僕は薄茶の茶碗をしたに置いて、その二三枚の紙片を受けとった。・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・バスの扉に、その女学校の名前を書いた紙片が貼りつけられて在る。故郷の女学校の名もあった。長兄の長女も、その女学校にはいっている筈である。乗っているのかも知れない。この東京名所の増上寺山門の前に、ばかな叔父が、のっそり立っているさまを、叔父と・・・ 太宰治 「東京八景」
出典:青空文庫